第30話 心のキャンパスを開きましょう
桀王は惑いながらも。
自らの手を見つめながら言う。
「やはり、王都を空にするのは不味い。商の討伐には、最低限の兵を以て、討伐することに変更しよう。……王師、師団長よ。其れで良いか」
桀王は側に立つ。
仮面の男に言うと。
仮面の男は表情の見えぬまま。
口を開く。
「……どのような選択をしようが、我々、王師が夏の最後の盾となりますので。王は王の使命を果たして下さい」
「そ、そうか。では、伝令に急いで、先の旨を伝えさせて……」
桀王が言い終える前に。
扉が開かれ。
一人の男が入ってくる。
「あっらぁ。なぁにやら、面白いことしようとしてるみたいね。貴方たち」
「……
「王様。そんな嫌そうな顔しないでよ。伝令から新たな報告が入ったので、至急、伝えに来たのよ」
「よもや、商の動きが変わったのか」
推哆は口元を抑えてから。
妖艶な表情で口を開く。
「ええ。商の軍勢は、直接、王都に向かうのではなく。有莘伯の元へと向かっているのが確認が取れたわ」
「何故、あの地へと向かったのだ?」
「なんでも、なんでも、あのクソ生意気な小娘。伊尹を参謀にする為らしいわよ」
「い、伊尹を参謀にするだと」
桀王が狼狽紛いに言うと。
碧が首をひねって問いかける。
「なんだ、その伊尹って奴。そんな凄ぇ奴なのか?」
桀王は狼狽しながら続ける。
「大陸一の賢者だ。一時は余の料理番として仕え。余の相談役として、政治から軍事に至るまで。幅広く助言を行ってくれた」
「王様のお墨付きの出来る奴ってか。そんな奴をどうして手放したんだよ」
「…………」
桀王は黙り込むと。
推哆は呆れるように言う。
「見限られただけよ。まぁ、そんなことはどうでも良いわ。重要なのは、この小娘が商に助力したら面倒なことになるのが目に見えてる事よ。……あの小娘が本気で力を貸したら。本当に面倒になるわ。もう、めんどすぎて、もう面倒よ」
「途中から面倒しか言ってねぇじゃねぇか。ヤバい、ヤバい言ってる女子高生かてめぇは」
「うっさいわね。話の腰折らないでくれるかしら」
「その小娘が、出来すぎちゃんだとしても。高々、一人が味方になった程度で、大局は変わらねぇだろうが」
「……アンタ。あの小娘を甘く見すぎよ。今はくすんでるけど、あの子がやる気を出したら。時代すらも変わる危険性を帯びているのよ。だから、早々に始末したかったのに」
「始末だって?」
碧は問いかけると。
推哆は舌打ちして返す。
「何でもないわ。……桀王様。暗闇の巫女が仰ったように。早々に、全軍を以て向かうべきですわ。中途半端に軍を送り。商を壊滅できなかったら。其れこそ夏の威信が問われるの」
「そ、それはそうだが」
推哆は笑みを浮かべ。
畳み掛けるように言い放つ。
「神託に抗うのは結構よ。でも、一度決まった神託を勝手に変えて。数多の伯は素直に従うかしら? 従うわけがないわよね」
「…………」
「私達が下らぬ揉め事をしている間にも。着実に商の反乱軍は有莘伯の邑に向かっているわ。……悩んでいる時間はもうないのよ」
桀王が苦い表情のまま。
ゆっくりと口を開く。
「……わ、分かった。暗闇の巫女が言ったように。全軍を向かわせる、今は何より、反乱の鎮圧が大事だ」
「流石、王様。賢明ね」
推哆が目を瞑り。
成し遂げた表情になると。
碧が嘲笑紛いに口を挟む。
「……ああ、そうか。そう言うことか。テメェみたいな奴がいるから。この王が無能になっちまったんだな」
「……あら、酷い言い草ね。私は王様の為を思って言っているのに」
「思ってんだったら。そんな、脅し紛いに話さねぇだろうが」
「脅しだなんて。人聞きの悪い言い方ね」
「はっ、テメェの話し方はせせこましいんだよ。こっちの不安をあおり立て。時間がねぇことを理由にして。判断力を鈍らせてやがる。そんな状況でまっとうな判断が下せるかよ」
「…………」
「王さんよ。もう一遍、自分で考えてから結論を出せ。……アンタが歩く道は、コイツが造った道でも、暗闇の巫女が造った道でもねぇ。アンタが歩く道は、アンタ自身が描き。造り上げた道だ」
「余が描く、道、であるか」
「この頭ん中で描いた道だけが本物の道だ。……さぁ、心のキャンパスを開け。鮮明に描いた其の絵は、必ず、実現する」
碧の言動により。
桀王は目が大きく開く。
推哆は舌打ち混じりに。
碧を見据えていた。
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