第27話 道が描けたみたいです(私を背負って進んで下さいね)

 青年は真剣な表情をして。

 碧に言い放つ。



「……親父に成り代わって。次の時代を担うことを考えたが。やっぱ、俺には出来ねぇ。そんな度量も力も、俺にはねぇ」



「出来る出来ねぇで考えんな。考えるまでもなく、今のお前じゃ出来ねぇんだからよ」



「まぁ、そうだが。出来ねぇって断言されると、こう胸にくるものがあるな」



「勘違いすんなよ。今のお前じゃ出来ねぇんだ。だが、道を描き。其の道を歩く過程で、お前は様々な経験をし。数多の人脈に出会う。そうして初めて、出来るようになってくんだよ。だから、今考えることは、出来る出来ねぇじゃねぇ。……何を成し遂げてぇかだ」



「…………」



「さぁ、心のキャンバスを開け。白紙の画用紙に、理想の姿を描ききるんだ。1ミリの隙間もなく。細部まで明確に描き切れ。……その絵は、その理想は、必ず実現する」



 碧の異常なまでの圧と。

 真剣な眼差しに押され。

 青年は思わず。

 身をたじろぎかけるが。

 堪えきり。



 自らの理想とする姿を思い描こうとする。



「…………」



 碧は導くように言葉を続ける。



「高尚な理想じゃなくても良い。誰かの為になる必要もねぇ。……ただ、其れが、其の想いが、綺麗に感じた。ただ、美しく感じた。其れだけで十分なんだ。さぁ、お前の心の用紙には、一体何が描かれた?」



 青年は重い呼吸を漏らすと。

 ゆっくりと瞼を開く。

 青年の目には。

 僅かばかりの迷いがあり。

 口を開く。



「くだんねぇ絵が出来ちまったよ。……皆で同じ釜の飯を食い合い。酒を飲み。馬鹿騒ぎする。親兄弟で殺し合うことも、憎むこともなく。奴隷のように扱われる奴もいねぇ。……はっ。有り得ねぇ絵が出来ちまったな。とても、次の時代を導く奴の絵じゃねぇな」



「何一つ間違いじゃねぇよ。其れが、嘘偽りのない。お前の理想なんだからな。……心が定まったなら。後はその理想に届く為に、道を描くだけだ」



 青年は天を見上げてると。

 覚悟を決める。



「……俺はあのくそ親父が、次の時代を造ったとしても。憎しみの連鎖しか造り出さねぇと思っている。小賢しい手で王朝を長引かせるだろうが。そんな王朝、誰も望んじゃいねぇ」



 青年は目に力を込めて。

 宣言する。


「だからさ。俺があのクソ親父に変わって。新たな王朝を創り上げる。昆吾の名も、伯の称号も虫唾が走るほど嫌ぇだが。俺が次なる時代を造ることで。俺みてぇな奴が……母さんみたいな人が生まれねぇって言うのなら。喜んで、俺が時代の礎となろう」



「やっと、自らの道を歩く覚悟が出来たか」



 妲己は頷きながら言う。



「ふむふむ。……と言うことは、昆吾伯を打ち倒し。ツンデレさんが、昆吾伯に成り代わるのですね。はいはいはい」



 妲己は納得しかけると。

 目を大きく開く。



「……って、駄目ですよ! 伏羲様が造った時代の流れを乱すつもりですか!」



「結果として。昆吾伯が次の王朝を開けばいいんだろう。ちょっとばかし遠回りになるが、ツンデレが昆吾伯の座に着き。次の王朝を開けば、同じようなものだろうが」



「で、でも……」



 妲己が反論しようとするが。

 其れより先に。

 青年が声を出す。



「おいおい。折角、俺が覚悟を決めたって言うのに。水を差すのか」



「うぅぅ。どうして二人とも面倒なことをしようとするのです。このまま大人しくしていれば。時代は定められた通りに進むのに」



 妲己は重い溜息を吐くと。

 自らの頬をさすってから。

 渋々と言った顔に変わる。



「まぁ、二人がそういう道を描くのでしたら。私は従いますよ」



「意外だな。てっきり反対すると思ったんだが」



「見くびらないで下さい。こう見えても空気を読むことに長けているのです」



 妲己はエッヘンと言った。

 態度を取ると。

 其の姿を見た。

 二人が呆れ紛いに言う。



「「妲己ちゃん(お前)の何処が空気を読むのに長けてんだよ!」」



「…………?」



 妲己はきょとんとした顔をしていた。



「一先ず。腹減ったし。王様に晩飯でもせびりに行こうぜ」



 碧が王宮から出ようと前に進み。

 其れに継ぐように青年が進む。



 妲己は王宮に一人残され。

 二人の後ろ姿を見据えると。



 緩んだ表情から。

 真顔に変わり。

 誰にも聞こえぬ声で呟く。



「……今回の調停は、適当に見切りをつける気でしたが。面白そうですし。もう少し、付き合ってみましょうか」



「妲己ちゃん。早く着いてこいよ。晩ご飯いらねぇのか」



 碧が遠くから言うと。

 妲己は締まらぬ顔に戻り。

 駆け足で向かう。



「あっ、まって下さいよ。私、フォアグラのキャビア炒めが食べてみたいですぅ」

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