第16話 伏羲様が退場しました。不幸ですねぇ
全員が困惑した表情で。
妲己を見つめると。
妲己は頬を赤らめて言う。
「いくら、私が絶世な美女だからと言って。そんなに見つめられたら照れちゃいます」
「誰もお前を見てねぇよ! お、おま、ブレ、ブレスレット!」
碧が声にならない声で言うと。
妲己は砕け散ったブレスレットを見つめる。
「綺麗に割れちゃってますね」
「割れちゃってるじゃねぇだろうが! さっきの話聞いてた? そのブレスレットが元の世界に戻るキーアイテムなんだよ。元の世界に戻れなくなったらどうすんの、本当にどうすんの!」
「……だ、大丈夫です。寂れた宮殿ですが。どうぞ、くつろいでください。ああ、そうでした。祭器や青銅鏡が安物だったので買い替えなければいけませんね」
「なぁに、この世界で永住すること前提で進めてんの。第一、此処、お前の宮殿でもねぇだろうが!」
碧が全力で突っ込んでいると。
砕けたブレスレットが輝き始め。
散乱した欠片が凝縮し。
傷一つない状態に戻る。
ブレスレットから伏羲が再び投射される。
「……こうなることも踏まえ。ブレスレットに自己修復を加えておいた。私の手元にある。この宝玉が砕けぬ限り。そのブレスレットが壊れることはない。まさか、開始早々に壊されるとは思わなかったけどね」
伏羲は呆れながら続ける。
「まぁ、良いさ。妲己に碧よ。改めて命を出す。……暗闇の巫女と共同し。僕が渡した木簡に描かれている。年表通りに進めることだ。次なる時代は
「分かりました。この木簡に書かれている通りに進め……」
妲己がそう言うと同時に。
握っていた木簡が。
自然発火現象で。
一瞬で燃え尽きる。
妲己は動揺を全く見せずに続ける。
「……られませんね。はい、燃え尽きちゃいました。自然発火現象、久々に見ました」
「……妲己君。内容は覚えているよね。君の妹君が主導していたとはいえ。並列世界の調停は何十回もやっているはずだ」
「私を舐めないでください。ちゃんと覚えていますよ。次なる王朝は確か……い、い、淫蕩王朝でしたっけ」
「殷だ。殷! ……っ。暗闇の巫女よ。此の者達に時代の流れを伝えてくれ。君なら、僕が作り上げた時代の流れは覚えているだろう」
「………大まかな流れでよければ」
「今はそれでいい。多少の年代がずれようが。今回ばかりは大目に見よう」
碧は顎に手を当ててから言う。
「なぁ、伏羲。念のために聞くが。もし、あんたが持っている宝玉が壊れたら。このブレスレットも機能しなくなり。元の世界に戻れなくなるのか」
「強制送還できなくなるだけだ。その時代の調停が終えた暁には、月へと続く階段が自然と浮かび上がる。万が一、私と連絡が取れなくなっても。それで、私のいたところに戻れる」
「なら、万が一が起こっても大丈夫だな」
「案ずる必要はない。この私のいる世界に不幸なぞ。訪れるはずがないのだか……」
伏羲が得意気に語っていると。
眼前に於かれた。
宝玉に亀裂が走る。
「えっ、なんで亀裂走ったの? ……と言うか、これ、元々、割れてない?」
妲己は互いの人差し指を合わせながら。
言いにくそうに言う。
「あ、あの伏羲様。怒らないで聞いてくれますか」
「怒るから早く言え」
「お、怒らないで聞いてくださいよぉ!」
「もう、君が何かしでかしたって分かったから。早く言い給え!」
「ま、前に、伏羲様に掃除を頼まれたことあったじゃないですか。あの時、面倒くさいから、太極図で掃除を全て丸投げしちゃいまして。……その際、其の宝玉が太極図の宝具展開の邪魔だったので。つい、こう。……外に投げちゃいまして」
「この宝玉投げ捨てたの!」
「その際、パリンって、良い音が鳴りまして。こう、二つに」
「これ一回、割れてんの!」
伏羲が驚きを見せた声で。
突っ込み続けると。
妲己が言いにくそうに言う。
「だだだ、大丈夫です。太極図で強引に直しました。見かけだけなら治ってるはずです」
「見かけしか治ってないんだよ! 言っておくが、これを直すのに、僕ですら二千年の時が必要になるんだぞ!」
「ご、ご、ごめんなさい」
「ま、待てよ。こんな状態でそのブレスレットを修復なんぞしたら。……ま、不味い! 宝玉の陰陽が乱れ大爆発が……」
未曾有の爆発音が鳴り響く――。
伏羲の映像が途絶えた。
「「「…………」」」
全員が再び。
妲己を見つめる。
妲己は数度頷いてから。
天を見上げ。
呟く。
「不幸ですねぇ」
「不幸じゃねぇよ! 全部、妲己ちゃんの所為じゃねぇか!」
碧が全力で突っ込むと。
妲己は天を見つめたまま呟く。
「……言ったでしょう。私の宝具は因果すらも捻じ曲げて代償を求めると。私の経験上、もう直ぐに未曽有右の落雷が落ちるでしょうね」
「こんだけ晴天なんだ。落雷なんて落ちねぇ……」
晴天の空が一瞬にして。
雲行きが変わる。
空の移り変わりを察知した。
暗闇の巫女。
王師の面々が蒼白し。
一斉に宮殿から逃げ出した。
「ちょ、お前ら逃げんじゃねぇ! って、もう見えねぇ! 妲己ちゃん、宝具で雷を防ぐ方法はねぇのか」
「……まだ、不幸を求めるのですか?」
妲己は悟った表情で。
妖艶な笑みを浮かべると。
碧は青年と共に全力で逃走する。
「妲己ちゃん。生きてまた会おう。いくぞ、ツンデレ」
「誰がツンデレだ」
「……哮天君。君とも、暫しのお別れです。君も逃げてください。後ろを振り返ってはいけませんよ。走り抜けるのです。たとえ、これが永遠の別れだとしても」
「くぅん」
哮天犬が碧と共に妲己の元から離れると。
妲己は天を見上げた。
そして周囲を確認して。
誰も見えなくなったのを確認すると。
黄綬の衣を身に取り出す。
「さてと、皆さんがどっかいったことですし。不幸を跳ねのける宝具でも使いますか。これもってるのばれたら。ものすごく怒られますからね。なんで、元凶のお前だけが悠々自適なんだって、前にすごく怒られましたから」
膨大な落雷が降り注ぐと。
宮殿の全てを破壊する。
妲己の周辺は。
地盤ごと沈んでおり。
妲己の立っていた場所だけ。
被害を免れる。
妲己は黄綬の衣を袖に直すと。
頷きながら言う。
「さて、命からがら生き延びたみたいな感動演出の準備しましょうか」
妲己は鼻歌交じりに。
歩き始める。
調停は全く進まぬまま。
妲己は不幸を周囲に振りまいていた。
「はい、不幸ですねぇ」
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