第9話 11/02 22:30




 城西公園横のコンビニで 缶ビールを4本。 

 唐揚げを 3パック。

 いつも食べたいって思ってたけど 我慢してたヤツだ。

 ついでに ツマミも何種類か。


 合計金額は 今のアタシにとっちゃ 手痛い出費だったけど かまうこたぁ 無ぇ。

 打ち上げってヤツだ。


 おっさん 今夜は 来るだろうか?

 

 相変わらず アタシとおっさんとは 互いの連絡先も知らねぇ。

 毎晩 公園で 出会うだけの関係だ。


 ただ おっさんには 世話になった。

 トス上げてくれたのも 有難かったけど やっぱ 色々と話ってゆーか 愚痴を聞いてくれたのが ホント 助かった。

 最後まで 心 折れずにやれた。

 1人だったら ダメだったかもしれねぇ。


 なんか照れ臭せぇんだけど やっぱ 会って礼を言いてぇって思う。

 たぶん もう会うことは 無ぇんだし…。



 いつも走ってた遊歩道を 歩いて いつものベンチまで。


 

 おっさんは いねぇ。

 寂しいような 少し ホッとしたような…。

 礼は 言いてぇけど サヨナラは ちょっと…な。

 

 ベンチに腰を下ろし 缶ビールを開ける。

 秋の夜には 少し寒い気もするけど 久しぶりのアルコールが 心地いい。

 そんなに強ぇワケでもねぇから フワッと酔いが回る。



「……松嶋さん。祝勝会?」



 後ろから おっさんの声。

 振り向きながら 答える。

 


「……いやぁ 残念会に なったっス。あんなに 応援してもらったのに 申し訳ないんすけど…」


 ………。

 ……。

 …。




 おっさんが アタシの横に座る。



「おじさんの分も 用意しといたんで 付き合ってもらって いいっすか?」



 おっさんと 缶を軽くぶつけて乾杯。

 グッとビールを 喉に流し込む。


 その後は 2本目をチビチビやりながら トライアウトの話をした。


  

 で 気がついたら……だ。

 アタシは おっさんの胸に 顔を埋めて泣いてた。

 自分でも ビックリするくれぇ 涙がポロポロ出た…。



 おっさん 肩 抱いてくれて 頭 撫でてくれてて……。

 温かくて 安心できて 心 落ち着く。 

 でも ドキドキしてて…。

 

 久しぶりの酒のせいだろって 自分に言い聞かせる。


 それに おっさんの薬指には…。

 アタシの親父は 女癖が悪くて 何度もお母さんを 泣かしてきた。

 指輪の上に お母さんの涙が零れて光ってるのを 何度も何度も見た。

 おっさんは ともかく 奥さんを 泣かせるワケには いかねぇ。


 おっさんの温もりは そりゃ心地いいけど それは アタシが受け取っていいもんじゃ 無ぇ。

 まだ少し 酔いの残った頭で そう考えて 身体を捩る。


 少しだけ おっさんとの間に 空間ができ おっさんの顔を 見上げる。

 

 おっさんと 目が合う。

 いつもは 目が合うと すぐ目を逸らす おっさんがアタシの目を じっと正面から 見据えてくる。


 ヤベェ……何故だか アタシは 目線を切ることができねぇ。

 ヘビに睨まれたカエルみてぇに 身動きひとつできずに おっさんを 見つめ返す。

 喉が ヒリヒリと 渇いて 心臓の音が どんどん大きくなる…。


 おっさんの指が アタシの顎に触れる…。


 えっ?

 えっ?えっ?


 これって?


 おっさんの視線が アタシの心の中を見透かすように 正面から射し込んでくる……。

 ここで 目を閉じたらヤバい。

 それぐらい アタシにだって分かる。


 おっさんの指に力が入る。

 ああ…。

 

 絶対ダメだろ?

 いいワケねぇ…。

 いいワケねぇのに……。


 おっさんの 顔が近づいてくる。

 ヤバい。

 絶対 ヤバい。

 それでも アタシは 目線を切ることができねぇ。

 

 嫌じゃねぇ。

 嫌じゃあねぇんだ。


 けど いいワケねぇんだ。

 いいワケねぇんだけど…。


 でも 目を閉じたら もう一度 温もりに包まれることができる…。

 考えちゃいけねぇ考えが 頭をよぎる。 

 そして アタシは 目を逸らすことができなくて…。

 心臓の音が うるさくて……。


 おっさんの 顔が さらに近づく。

 温もりを感じるほど すぐ傍に…。

  

 ……そして そして アタシは 自分に負けて 目を閉じちまう。

 絶対 間違いだって 分かってんのに……。

  

 お母さん。

 ゴメン。

 ………。

 ……。

 …。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る