第8話 10/27 11:27




 嘉則は 裁判所での審理を終え 階段を下りながら考える。法は法として 厳然と存在していて 情緒の入り込む隙間など無い。いつものことだ。法に基づいて 決定が下され その決定通りに 行動する。今回も そうなる。他に 選択肢など無いのだ。


 ただ この事を 誰かに話したい。


 そんな想いに 囚われる。そして 話したい誰かというのは 夜 公園に現れるあの娘なのだ。話してどうなる?嘉則は自問する。もちろん答えは『どうにもならない』明白な答えだ。解りきったことに 時間を使うべきでは無い。自分は もう 自分探しをしている20代の若者では 無いのだ。



 彼女とは もう3日 会っていない。



 彼女は 夢を叶えるべく トライアウト会場のある 街へと一昨日 旅立っていった。きっと 今頃 夢に挑んでいるのだろう。正直 彼女が薄々 感じているように Vリーガーになるという 彼女の夢が叶うのか?というと 嘉則も疑いの気持ちを持っていた。だが 夢に挑むという姿勢そのものが 眩しいのだ……大人からすれば 。

 無味乾燥のルーティンの日々。その象徴 その結果が この裁判所からの 通知書。だが 夜の トレーニングには 無謀と若さがあった。この3ヶ月 生活に生気が戻った。彼女との交流が 干からびていた自分の生活に潤いを取り戻してくれたのだ。だが 20も歳上の自分が 感謝と憧憬の気持ちを持ってると言えば あの娘は きっと 声を上げて笑うだろう。


 ただ その生活にも 終わりの刻が 近づいていた。彼女がトライアウトに成功すれば 彼女の生活は一変する。深夜に 公園でトレーニングなどする必要は なくなる。そして トライアウトが失敗だった場合 彼女は 引退を考えている。やはり 深夜のトレーニングなど必要なくなるのだ。そして また 嘉則の生活からは 潤いが失われていき ルーティンの日々が 帰ってくる。いやきっと 今まで以上の乾ききった日々だ。



「大人でいるなんて クソくらえ……だな」



 嘉則は ボソリと呟くと手に持った書類をクシャクシャと丸め 駅の方への道を辿って歩き始めたのだった。


 ………。

 ……。

 …。

 

 

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