第5話 8/27 12:16




「はい。令状は 取れました」



 星光市の中心部 光岡本町の一角に その建物はあった。

 木製の一枚板に墨書で《光岡地方裁判所》と書かれている。

 男は 裁判所前の 階段を下りながら 首に挟んだ携帯で 通話を続ける。手では 大きな茶封筒を 書類カバンへ仕舞おうとしている。



「手続きは 予定どおり進めていただいて…はい。その件も 進めております。……はい。お疲れ様です。はい。昼休憩 いただいた後 区役所の方 回って その後 職場へ 戻る予定に……」



 男は 通話を終えると スマホを スーツのポケットにしまう。裁判所での 執行命令書や令状の受け取り。年に何度もある 定番の出張パターン。内容は 様々だ。財産の差し押さえや 破却などが多かったが 場合によっては 人の人生を 大きく変えるような事案もあった。だが それは 大した問題ではない。法は法として 厳然と存在していて 情緒の入り込む隙間など無い。自分は 法律に基づいて 業務をこなす。それだけのことだ。


 昼食は いつもの あの店に行こうか…。午後の段取りを考えながら オフィス街を 地下鉄駅の方に向かって歩く。値段も手頃だし 素早く食べられる。子どもの頃から 慣れ親しんだ味でもある……まあ 健康的とは 言い難いが。


 ふと 最近よく会う 女性の顔が 脳裏に浮かぶ。彼女なら なんて言うだろうか? 少し減ってきた気もする 腹肉を右手で確かめながら そんなことを思う。丁寧なのか 不躾なのか よく分からない奇妙な娘。夜毎 公園で 身体を鍛えてるみたいだが 昼間は どんな暮らしをしてるのか?

 


 ……いや。『おじさん』が 若い娘さんの暮らしを 気にするだけでも 顰蹙モノだな。そう考えて直して 男は 行きつけのハンバーガーショップへと続く地下道への 階段を下り始めた。 



 


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 今日は 接客担当の学生バイトが休んで アタシが カウンター。



「いらっしゃいませー。こんにちはー」



 笑顔 張りつけて接客。

 テスタバーガー 公園南店。

 8階建てオフィスの地下1Fにある この店は 昼飯どきになると サラリーマンで ごった返す。


 次から次にやってくるオーダーを 片っ端から 片付けていく。

 テイクアウトの客を呼び出し モバイルオーダーの商品を紙袋に詰める。

 カウンターで 次のオーダーを聞き 代金を受け取り 釣銭を返す。


 戦場みたいな カウンターで一番イラつくのが オーダー決めずに並んでる客。

 オーダー番号 サッと伝えてくれりゃ 一瞬で済むこと。

 セット名 言ってくれりゃ 普通に対応できるし それも まあ アリだろ。

 けど 自分の番 きてから メニュー見て悩むヤツ。

 ホント 空気読めよ?って マジにイラつく。


 もちろん 仕事だし スマイルで オススメ伝えるワケなんだが…。



「次に お並びのお客様 こちらのレジどうぞー」



 オーダー待ちの列に 声掛けて アタシの前に立った客も そーゆーヤツだった。

 カウンターの向かいに立った後 メニューすら見ずに ボーッと 突っ立ってやがる。


 

「期間限定 サルサテスタのセットは いかがで……」



 そこまで 言いかけて 口ごもる。

 アタシの目の前に立ってるのは 例の『おっさん』だった。

 いつもの Tシャツに 半パン姿じゃねぇから 気づかなかったけど やっぱ おっさんだ。

 白い半袖Yシャツに グレーのスーツズボン。

 なんの変哲もない サラリーマンスタイルのせいで 全く 気づいてなかった。

 つーか ボーッと突っ立ってるんじゃなく アタシを見てたみたいだ…。


 

 目が合う。

 なんか 妙に気恥ずかしい…。

 変なところで出逢っちまった。


  

 向こうも 同じようなこと 思ったらしく バツの悪そうな表情。


 感情の整理がつかず こっちも混乱すっけど 別に 話すことなんて なんも無ぇ。

 


「お決まりでしたら ご注文をどうぞ」



 目線を外して マニュアル通り。



「……ああ。じゃあ そのセットで」


「サイドメニューは 何になさいますか?」



 マニュアル通りに 会話は流れていく……。

 ………。

 ……。

 …。 



 

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