第2話 7/21 22:40




 県立体育館の横の遊歩道をダッシュで駆け抜ける。


  

 これで 4本目。

 息を整えながら 50mを歩いて戻り もう1本ダッシュ。



 ゴール地点のベンチに置いた ボディバッグから スポドリを取り出し 喉に流し込む。

 ブワッと 額から 汗が噴き出す。

 

 

 ……次は 健康器具広場で 筋トレ。



 タオルで額の汗を拭いながら ジョグで移動を開始する。

 城西運動公園ってのは アタシみてぇな貧乏人には ありがてぇ場所だ。


 ジムに通う金も無ぇんだけど 無料で使える健康器具が たくさん設置してあって 工夫して 使やぁ けっこうしっかり 筋トレできる。

 きっちり50m 直線でダッシュできるコースもある。

 ジャンプの高さを確認できる バスケットゴールもある。

 壁打ちできる サッカーのシュート板もある。


 もちろん ベストの練習ができてるとは 思わねぇけど 今のアタシにとっちゃあ 本当に助かる。


 あと もう一つ ありがてぇことは 人通りが多いこと。


 アタシみてぇにトレーニングしてる人間も そこそこいるし 街中だから 飲み会帰りのサラリーマンなんかも通る。

 ゴツいとはいえ アタシも 一応 女だから 万が一のことがねぇとは言い切れねぇ。

 でも ここなら 12時までは 煌々と街灯が光ってるし 時々 お巡りも 巡回してる。


 ここを 見つける前 行ってた公園だと 人が居なくて 物音がすると 変なところで 集中 乱されることとか あったし。

 独りで トレーニングしてて お巡りに 職質されたりもしたしな…。




 ……ただ 人がいるってことは それはそれで ちょっとイラッとすることもある。

 健康器具広場に着くと アタシが いつもボディバッグを置くって決めてる ベンチに先客が居た。


 四十絡みの サラリーマン風の『おっさん』だ。

 かなりデカいおっさんが ベンチに腰掛け 煙草を吸ってやがる。

 デカいっていうのは 縦にも 横にもだ。


 座ってるから分かりにくいけど アタシの身長 176㎝よりは 確実に高い。

 横も デブってほどでは無ぇにしても 中肉中背とは 言い難い。

 やっぱ デブって言うべきか…?


 その おっさんが アタシのベンチに腰を下ろし ボーッとした表情で煙草を咥えてた。

 ずーっと ボーッとしてるらしく 煙草の灰の部分が 長く伸びている。


 

 そして 突然 ブワッと泣いた。


 

 別に 声出して泣いてるワケじゃねぇけど 両目から 涙ハラハラ流して泣いてる。

 煙草の灰がポロっと落ちた。

 スーツに かかってるように見えるけど お構い無しだ。

 ここで トレーニングするようになって 変な酔っぱらい イロイロと見かけたけど このおっさんは 格別だ。


 

 酔っぱらいに 関わり合いになってもロクなことには ならねぇ。

 ガン無視 決め込んで トレーニングに集中だ。


 

 ボディバッグを 近くの芝の上に置く。

 草の上って なんか汚れたりしそうで ちょっと嫌なんだが ベンチは おっさんが占拠してるんで しょうがねぇ。


 気を取り直して 筋トレを開始する。

 ストレッチ用の木製ベンチを ワークベンチ代わりに 腹筋x15 背筋x15。

 ぶら下がり運動用の 螺旋バーを使って スタンディングジャンプx20。

 スクワットx20に腕立て伏せx20。

 ラスト 高鉄棒で 懸垂x15。


 1セット終わらせると けっこう 息が上がる。

 3分インターバルを取るために 元のボディバッグのところに戻ったら おっさんが ストレッチベンチに寝転んでた。


 

 ……いや。

 どーやら 腹筋をしてるらしい。

 より正確に言うと 『腹筋をしよう』とだ……。


 

 頭の後ろに腕組んで 上体を起こそうとしてんだけど 真っ直ぐ上げらんねぇから 右や左に 身体 捻って えっちらおっちら なんとか1回 身体を起こす。

 そんな調子でオタオタやってっから 時間がかかってしょうがねぇ。

 スポドリ飲んで 息も整ったけど まだ ベンチを使って 背筋中。


 つーか このおっさん もしかして アタシと同じメニューやろうとしてんのか?



 赤い顔して ウンウンやってっけど 全然 上体が上がらねぇ。


 なんか このまま ベンチの上にゲロ吐かれたりしたら 最悪だし 寝落ちされても 面倒だ。

 できれば そっから 動いて欲しいんだが…。



「おじさん お酒 飲んでっしょ? 酒飲んで 筋トレは 危ないから 止めといた方がいいっすよ?」



 暴れることぁ 無ぇと思うけど 絡まれる可能性はある。

 イザとなったら 逃げれるように 十分 距離とって 声 かけてみる。



「へっ? ああ。……そうだな。酒 飲んでるからか……」



 おっさんは 驚いたような顔して 身体を起こし ベンチに腰掛ける。

 赤い頬に トロンとした目付き。

 不思議そうな顔して アタシを見てる。



「おじさん かなり飲んでるっしょ? アルコール入った状態で 筋トレなんかすると 心臓に負担 掛かるし マジ ヤバいっすよ? やるなら 素面しらふで ストレッチしてからが お奨めっす」


「ああ。確かに。ありがとう…」



 おっさんは 両手で 顔を バシバシッと 2回叩くと 立ち上がった。

 思った通り 上背がけっこうある。

 184㎝ってとこか…。


 まあ 絡んできたりとか そんな ヤバそうなおっさんじゃねぇし このまま 穏便に お引き取り願おう。



「まあ 今日のところは 家 帰ったら どーっすか? 筋トレは また 明日以降ってことで…」


「ああ。うん。そうするよ…。すまないな。ありがとう」



 おっさんは 素直に そう言うと 公園西口の方へ歩き始める。

 ちょっとフラフラしてるような気もすっけど 千鳥足ってほどでも無ぇ。

 まあ 自力で 家まで 帰んだろ。


 つーか おっさんがどーなろーと アタシの知ったことか。


 それよか 筋トレだ。

 おっさんに関わってたせいで インターバルが だいぶ伸びちまった。

 

 筋トレ 残り2セットやった後 シュート板のところで壁打ち。

 その後 サーブ練習。

 11時半までには終わらせて ストレッチして 照明落とされる前に 帰りのロードワークを始めたい。


 アタシに立ち止まってる余裕は 無ぇんだ……。

 ………。

 ……。

 …。 

 


 

 

 



 


 

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