煙草の灰が落ちて僕はキミに恋をする

金星タヌキ

第1話 7/21 22:24





 もう5年…。

 いや6年前の曲になるのか?

 懐かしいメロディーを聴きながらロードワークをこなす。

 T-GROのナンバー『煙草の灰が落ちて 僕は君に恋をする』。

 

 今は 活動休止してっけど けっこう好きなバンドだった。

 高校時代の後輩に T-GRO 好きなヤツがいて ソイツに聞かせてもらってるうちに アタシも ハマった。

 風の噂じゃ アイツ 今日が結婚式らしい。

 結婚式には 出れねぇけど アイツのこと 思い出して久しぶりに聴いてみた。

  

 この曲が流行ってたとき アタシは 高3か大1。

 バレーボールが三度の飯より大好きで 他に何も考えなくてよかった幸せな時代。


 仲間がいて バレーボールする場所があって 何より自信があった。


 今 アタシは その3つを全て失って それでも バレーボールにしがみついて生きている。




 アタシの名前は 松嶋まつしま 聡美さとみ

 歳は24。


 仕事は… まあ フリーターってことになるな。

 朝10時から昼3時まで ファーストフードのキッチン たまに 接客。

 夕方5時から夜9時までは ジムでインストラクター。

 


 そして 夜10時から2時間ほどだけ バレーボーラー。



 ビル1Fの窓ガラスに映る自分の姿をチラ見しながら走る。

 髪の長さは 前と変わっちゃいねぇが だいぶ脱色した。

 なかなか 美容室もいけてねぇから 根元の黒が 目立ちはじめてやがる……でも ホント 金がねぇ。

 どーしたモンだか。

 

 アタシのこと 知ってるってヤツも そうはいねぇと思うけど 女子バレーに興味あるヤツなら 星光フェニックスの『神楽かぐら まひろ』の名前くらいは聞いたことあんだろ?

 今じゃ 全日本の招集メンバーにも 選ばれるフェニックスのエース。


 アイツが 高校時代 初めて藤工で インターハイに出たとき チームのエースは アイツじゃなく 1年歳上の アタシだった。

 まあ 春高バレーで 藤工がベスト4に進む快進撃を見せたときには 世間的には 神楽がエースって思われてたろうけどな。

 アイツ 美人だし…。


 ただ アタシだって捨てたもんじゃ無かった。

 高校2年から 国体の県選抜メンバーには ずっと呼ばれてた。

 大学時代も 3回インカレ出場を果たしてる。


 ……でも まあ そこまでだった。


 大学4年生のとき Vリーグか 実業団から 声かかるだろうと 思ってたけど 結局 何処からも呼んでは もらえなかった。


 一応 体育の教員免許は取ってっけど 学のある方じゃ無ぇし そもそも『先生』って柄じゃ無ぇ。

 何より アタシは プレイヤーでいたかった。

 


 実家のある星光市に帰ってきて Vリーグのトライアウトを目指して トレーニングの毎日。

 けど 口煩い親父と喧嘩して 実家を飛び出した。

 安アパート借りての独り暮らし。


 結局 その年のトライアウトは ダメで 今の暮らしが始まった。



 バイトして 生活費を稼ぎ 節約のために トレーニングは 基本 深夜の公園。

 土日は ツテを頼って どっかの練習に参加させてもらうか 自分で施設を借りての 自主練習。


 食事には かなり 気ぃ使ってっけど それでもウェイトは減り 体脂肪率は上がった。

 


 何より問題なのは 実戦から遠ざかってっこと。



 中・高・大と 毎日のように 試合形式で練習し 土日は 練習試合。

 そんな試合浸けの生活で鍛えた アタシの得点の勘。


 いろんなチームの練習に参加は させてもらうけど 外様のアタシを 試合に出すなんて酔狂なことするチームは 無ぇ。

 

 得点の勘は 健在で アタシは 今でも 無敵の点取り屋なんだろうか?

 それとも 勘は どうしようもなく錆び付いてて デクの坊のように コートに立ち尽くすしか 無ぇんだろうか?



 どっちの夢も見っけど 最近は 錆び付いてる夢の方が多い…。

 



 ……あと10日ほどで 25歳の誕生日。

 25って言ゃあ 高卒でVリーガーやってる選手なら 6年目。

 中心選手って呼ばれる歳だ。

 逆に 中心選手って呼ばれてねぇなら 解雇や引退って選手もいる年齢…。


 10月の末に Vリーグの合同トライアウトがある。

 そこで 各チームを放出された選手や アタシみたいな 無所属のプレイヤーが 自己アピールをする。

 三度目の正直って信じて チャレンジすっけど 採用人数が0って年もある 狭き門だ。


 

 ……でも ソレしか アタシに残された道は 無ぇ。

 


『くだんねぇことで 思い悩む余裕があんだったら 負荷 上げて 1㎜でも 強くなれ。どーせ オメェはバカなんだから』


 高校時代の悪友 珠希たまきに幾度となく聞かされた悪態が 耳の奥に 甦る。

 あたしが 弱気になる度 ローキックと一緒に言ってくれてた言葉。

 珠希の言う通りだ。


 今のあたしに 思い悩むなんて 贅沢な時間は 残って無ぇ。


 城西じょうさい公園まで あと2㎞。

 ピッチとストライドを上げて 加速する。

 限界まで 自分を追い込む……それだけだ。

 ………。

 ……。

 …。




 

 

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 現在連載中の『紺野さんとあきちゃん』に登場する《松嶋先輩》の後日譚になります。

 特に 本編知らなくても楽しめる内容になっています。

 全10話の予定です。


 最後までお付き合いいただけたら幸いです。


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