第2話 異常数値
太陽が堕ちはじめた頃、帝都のある広場では決闘が行われようとしていた。
戦うのは貴族直属の魔法使いと一般市民の魔法が使えない魔法使いルナとの勝負だった。
「降参するなら今のうちだぞ女」
「それはこっちのセリフですよ」
ルナはカルラの胸に拳を当てると、戦闘態勢に入る。男も持っていた杖を構え、ルナに向ける。
もう一人クロムウェル着いていた男が審判に入り、「両者とも準備はよろしいですか?」と問う。ルナと男は頷く。そして、審判が「では、初め!」と言った瞬間、男は杖の先端から火の玉を出す。
「ちょ!ちょ!」
慌てながらも避けるルナ。男は全く攻撃の手を緩めないが、ルナには1発も当たらない。外れた魔法は地面に当たり、道のレンガが剥がれる。
「執拗いですね。しかも攻撃がワンパターンなんて、本当に優秀なんですか?」
挑発するルナ。
その声が聞こえたのか、男は杖から出る玉の数を倍する。更に、速度を上げてルナに向けて火の玉を放つ。
「鬱陶しいですね!ほんっとうに!」
ルナはそう言うと、身構えて右の拳を振りかぶり、火の玉に触る。振りかぶった勢いのまま、火の玉を跳ね返す。男はルナが予想外の行動を取ってきた為か、避ける判断が遅くなり火の玉に接触してしまう。
「熱!熱い!」
火の玉に悶える男。それを気にともせず、ルナは男の腹部を殴り、後方に数メートル吹き飛ばす。
追撃をかける形でかかと落としをしたり、踏みつけたりする。その後は馬乗りになり、顔面をタコ殴りにして魔法を使わせる隙を与えなかった。
三十発目を入れたその時、審判はルナに、もうやめてください!と言って戦闘を止めさせた。
男の顔を見ると頬は酷く腫れ上がっていて、額にはいくつもの痣が出来ていた。
審判の男は倒れている男を起こしクロムウェルの元へ戻る。負けた旨を伝えたのか、男たちは一発ずつ殴られ、後ろへ立った。
「さぁ、私が勝ちましたよ!カルラに謝罪の1つくらいはしたらどうですか?」
ルナは脅迫するように迫り聞くと、クロムウェルは嫌がりながらもカルラに頭を下げた。
謝罪の後、クロムウェルはルナにとあることを尋ねた。
「貴様、魔法を使わなかったが、そんなに俺の連れが取るに足らない相手だったか?」
「え、えっとですね」
触れてほしくない部分を聞いてくるクロムウェルに困り果て、ルナはカルラに助けを求める。
「た、助けてくださいよ。パートナーですよね?」
「パートナーという言葉をそんな使い方しないでくださ…しない。そうで…だな、そうだ!取るに足らない相手だった!、とでも言えば良いんじゃない?」
ルナは分かった、と言い、カルラに言われた通りにクロムウェルに伝えた。クロムウェルはそうか、と言った。そして、「半年後にある試験開催の時を楽しみにしてるぞ」と捨て台詞を吐いてどこかへ立ち去って行った。
「ふぅ、間一髪でだったね」両手を合わせルナは笑顔でそう言った。
「あんな無理矢理なやり方で魔物ならいざ知らず、魔法使いに勝つなんて」
「仕方ないじゃん。魔法が使えないんだから」
「だからって、まあもう良いよ。じゃあこの後は適当な宿にでも泊まりましょう。お金なら僕が持っていますので安心して」
「身分の差があるとは言え、年下に金を払わせるのは少し気が引けるなあ」
「年下って、僕はこれでも14歳だし、見た目とは裏腹に結構歳は上なはずだけど」
「おや、3歳しか差がないとは意外だったわね」
町の中をしばらく歩き、空いている宿を探す。
夕暮れ時ということもあり多くの人が行き交っていた。
ルナは歩き疲れたのか文句ばかりを言っていたがカルラはそれを無視して黙々と歩いた。
部屋が空いてある宿が見つかったのは、太陽が沈み星が綺麗に見えた頃だった。
部屋の内装は、ベッドと小さいテーブルが2つと、光源となる魔道具が1つあるだけで最低限の生活は出来そうだった。
ルナは部屋に入るやベッドに飛びつき転がり回る。
「フッカフカよ、このベッドフッカフカ!」
「子供みたいにハシャがないでよ。人目が無くても恥ずかしい」
本当に年上か?と疑うカルラ。それを尻目にベッドの上で転がり続けるルナ。
しかし、10分ほど経つと飽きたのか、ルナはカルラに夕食を食べに行くか、それとも風呂に行くかを提案する。
「お風呂はこの宿に付いているので問題はないけど、食事は付いてないのでどこかへ食べに行くとしようか」
宿の隣に丁度良い食堂があった。歩き回るのも嫌だった二人はそこへ入っていった。
中には、大ジョッキを持ち、顔を赤くしながら話す中年のおっさんやコーヒーを飲み合い世間話をしている若い女性の集団など様々で和気あいあいとした空間が広がっていた。
空いている席を探していると窓際の二人用の席が一つだけ空席だった。
席に着くとルナはパン八つとサラダ一皿、カルラはパンを三つとスープを一皿頼み、店内はそれなりに空いていた為か数分で注文した品は届いた。
ルナは飛びつくようにして、パンを貪り食った。五つ目を食べ終わりそうな頃、カルラがルナに話しかける。
「ルナってどうして魔法が使えないの?」
「私もそれが気になって子供の頃本で調べてみたのよ。そしたらそれっぽいのが二つあったんだよね」
「二つ?どんなもの?」
「一つ目は魔法口の故障や破損が原因ってやつです」
「魔法口、確か体内の魔力を外に放出して火や水雷などに変える排出口のことだよね」
「そうよ。それが壊れているか、もしくは存在すらしていないかのどちらかだと考えたわ」
「それなら二つ目の原因は?」
「二つ目は、私の体内に魔力がない、と考えてみたわ」
「確かにそれが原因ならいくら魔法口が正常であっても魔法を放つことは出来ない」
「そうそう。でも、せめてどちらかの原因を知ることが出来れば良いんですがね」
「それなら明日病院に行ってみようか」
「私は別に風邪引いてないわよ?それとも馬鹿だと思われたの?流石に泣くわよ?」
「違うよ!病院に行けば体内にある魔力を測定することが出来るんだよ」
「なぁんだ、そういうことね。良かった良かった」
食事を済ませ、食堂を出た。宿で風呂も済ませた後、2人は自室に戻り火照った体が冷えるのを待ちながら休息を取る。
「良いお風呂でしたね。ここの宿は近くに飲食する場もあるし、気持ちいい風呂はあるしで最高、また泊まりたいな」
「しばらくは泊まることになると思うから安心して、少なくとも明日はここに泊まるよ」
「なんで?」
「ルナが魔法を使えない原因がさっき挙げた2つのどちらかの可能性があるからそれを探る。それと、ルナがどれくらい戦えるのかも研究するから」
「わ、私の体に変なことする気だ!えっち!カルラのド変態!淫乱魔法使い!」
「何もしないよ!触る行為すらしないから!」
どうしてそうゆう発想になるんだ、とカルラは呆れながら思った。
ルナも別に警戒して言っているのでは無く、冗談を言ってカルラの緊張を少しでもほぐそうという善意で言っている。しかし、悲しくもその思いはカルラには届いてはいなかった。
「病院は混むと思うから明日は早く起きるつもりなんだ。だから今日は早く寝てしっかり休んで」
「ああでも、カルラに一つ聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「貴族って、パートナーに対してどんなことしてくれるの?」
「そうだね、いくつかあるよ。精神のケアや金銭的な支援、魔法の訓練をする所を提供したり、細かいところを挙げればもっと沢山あると思う」
「そうなんだ。カルラは私にそれだけのことしてくれるってことかぁ〜」
「で、でも僕は子供で自分の家の人間や他の貴族からも避けられている存在なんだ。だからそんなに手厚い支援までは出来ないと思う」
「大丈夫だよ。カルラは自分が精一杯出来ることをやって、私もそうするから」ルナは微笑みながら言った。「おやすみ。カルラ」
ルナはそう言うと瞼を閉じて静かに眠った。
カルラもそれを追いかけるように眠りについた。
翌日の朝、カルラは全く起きないルナを叩いたり、布団を剥がしたりしてどうにか起こし、着替えを済まさせ、急ぎ足で近くの病院へ向かった。
病院に着いた時はもう若者から老人まで大勢の人々が受け付けをしていたり、順番を待っていたりしていた。
カルラもすぐに受け付けを行い、二人は空いているベンチに腰を降ろした。
待っている間、ルナがお腹が空いただの待っているのが飽きただのを喚き散らかしていた。
カルラはルナが騒ぐ度に注意をした。
そんなことをしていると二人の順番が回ってきたため診療室へ向かう。
診療室に入ると白衣を纏った老婆が椅子に座っていた。
「今日はどのようなご要件で?」
「この女の人の魔力量を測定したいのです」
カルラがそう言うと、老婆は着いて来てくださいと、枯れた声で言ってきた。
カルラとルナは老婆の後を着いて行くと、そこには体重計のような物があった。ルナは、これが魔力測定器ですか?と聞くと、老婆はゆっくりと頭を縦に振った。
ルナは靴を脱ぎ、測定台の上に乗る。台が古いのか、ルナが重いのか軋むような音がする。
それと同時に測定の針が振り切る音がした、その測定器の最大値の側に。
「この機械壊れてるみたいですね。取り替えてください」
ルナがそう言うと、老婆は、隣に予備があると言い、隣にある測定器に指をさした。
しかし、それでも結果は変わらず最大値を表した。
老婆はその結果を見て難しそうな顔をする。
ルナは計器が壊れていると言い張ったが老婆はそれを否定する形で頭を左右に振る。
「どうして壊れてないと言いきれるんですか!」
「その測定器は1週間前に買ったばかりの物だ。壊れている筈がない。だったら試しにそこの小僧で試してみるといい」
カルラは老婆にそう言われ、ルナに背中を押されながら測定器の上に乗る。すると、針は最大値の百の内、四十をさした。
この結果は測定器が正常に動いていることを意味したのと同時に、ルナの魔力量がとてつもない量ということも意味したのだ。
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