とにかく散歩いたしましょう/小川洋子
『とにかく散歩いたしましょう』小川洋子
文春文庫、2015年
老犬ラブと暮らす筆者は、犬についてこんなことを思います。
「犬とはつまり、機嫌のいい生き物だ。散歩も遊びもご飯も睡眠も、どんな時でもずっと機嫌がいい。たとえ年をとって体が衰え、飼い主の私が心配したり悲しくなったりしている間でさえも、ラブは少しも気に病む様子がない」
このエッセイの作者である小川洋子さんはかなりの心配性のようで、フィレンツェ旅行のエピソードでは、ホテルまでのタクシーをどうするかという小さな心配事が、見る間に膨れ上がって手に負えない問題と化していく様子がつづられています。「くまのプーさん」に出てくる陰気なロバのイーヨーに、「どこまでも一緒に沈んでくれる、心優しいロバだ」と愛着を寄せることもあります。イーヨーは失くした尻尾のことをいつも気にしていて、それが小川さんの心配性とも重なりを見せています。
そんな小川さんとラブは、毎日2回の散歩に行きます。古今東西の「散歩文学」(『こころ』『檸檬』『車輪の下』『ノルウェイの森』……)のごとく、小川さんの散歩は何かと鬱々としたものになりがちです。ただ、彼女がどんなに嘆いても、ラブは痺れを切らしてリードを引っ張ります。「機嫌のいい生き物」である犬との生活は、小川さんにとって大きな意味を持っていたのでしょう。
そんなラブにもとうとう弱りが見えてきます。寂しさからか、何度も高い声で夜鳴きするように。ラブを寝る前の散歩に連れ出しながら、小川さんはラブが元気だった頃の様子を思い返します。
「その時々の不安を私が打ち明けると、じっと耳を傾け、「ひとまず心配事は脇に置いて、とにかく散歩いたしましょう。散歩が一番です」とでも言うかのように、魅力的な匂いの隠れた次の茂みを目指してグイとリードを引っ張った。」(p193)
そして彼女もまたラブを引っ張って、あの頃のお返しをするように、一歩一歩進んでいきます。
小川さんとラブとの日々の記録は、動物と共に生きることについて、多くの大切な気づきと尊いぬくもりを与えてくれます。寂しくも満たされた気持ちで、この本を読み終えました。
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