旅猫リポート/有川浩

『旅猫リポート』有川浩

 光文社文庫、2017年


『旅猫リポート』は、人間のサトルと猫のナナとの、最後の旅の記録(リポート)です。

 ナナの引き取り手を探すため、ふたりは銀色のワゴン車で全国各地を巡ります。ナナは中々飼い主候補たちに懐かず、引き取り先は一向に決まる様子がありません。

 サトルは明るく他人思いの青年ですが、自らの死期が近いことを誰からも隠したままでいます。

 この作品のクライマックスは彼の死の場面ではなく、彼らが旅の中で出会ったある景色です。ススキが一面に広がる野原で、サトルはナナに初めて本心を打ち明けます。置いていくなよ、そばにいてくれよ、と。

 大切な人々と笑顔でお別れするために、サトルはずっと不安や心細さを呑み込みながら旅を続けてきました。そんな笑顔に満ちているがサトル一人だけが苦しかった道のりは、このシーンで終わりを迎えます。これが何よりの救いで、この作品で一番大切な瞬間だと感じました。


 ナナの方も、そんなサトルの気持ちを全部知っていました。

 この物語はナナの一人称視点を交えつつ展開されます。ナナの語りからも分かるように、猫という動物は人間が思っているよりずっと賢く、人の言葉も気持ちもよく分かっています。狩りの本能も鋭く、自分ひとりで生き抜く術を心得ています。その一方で、ネズミのおもちゃに騙されてがっくりきたり、猫なりの気遣いが人間に通じずうんざりしたり、そんな苦労もあるようです。

 そんな独立独歩な生き物である猫だからこそ、サトルの最後の旅にふさわしい道連れだったのでしょう。旅の始まりでナナは言います。「僕は何にも失ってない。ナナって名前と、サトルと暮らした5年を得ただけだ。だからそんな困った顔すんなよ」と。

 サトルとナナの最後の旅は、間違いなくふたりにとって最高のものでした。たった一度のかけがえのない旅の記録が、この一冊に収められています。

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