Karte18:これも薬師の仕事だから

第84話  私に出来ること

 それは初雪が降った11月のある夜のことです。

 「う~ん。これは積もるね。明日は雪かきしなきゃ」

 夕方から降り出した雪は止む気配を見せず、すでに窓の外は薄っすらと積もりだしています。

 「今年は熱発疹が流行ることはなかったけど、こうも寒いと風邪引きさんが増えそうだよね」

 自室で毛布にくるまり医術書を読みふける私が吐く息は白く、それだけで室内が寒いことが分かります。

 「来年は絶対、暖炉作るんだから」

 使い勝手が悪いことを承知で師匠が購入したこの建物で暖炉があるのはリビングだけ。待合室は村の人たちにお願いして夏の間に暖炉を作ってもらいましたが寝室まで暖炉を置けるほど余裕はなく、今年の冬も厚着で寒さを乗り切るしかなさそうです。

 「ま、いざとなればリビングに行けば良いし、このくらいの寒さなら平気なんだけどね」

 暖が取れるに越したことはないけど、北国生まれの私にとってこの程度の寒さはどうってことありません。とはいえ、寒い中で遅くまで起きていたら風邪をひくだけです。今日はこのくらいにしてベッドに入ろうかな。

 「明日はとりあえず、みんなで雪搔きして――」

 読みかけの医術書に栞を挟み、ランプの灯を消す私はベッドに潜る前に再び窓の外を見ました。風はありませんが雪の降り方は激しく、明日は間違いなく雪搔きを――あれ?

 「誰かこっちに向かってきてる?」

 降りしきる雪の中に見えるゆらゆらと揺れるオレンジ色の灯は間違いなく松明の灯です。こんな時間に、それも雪が降っているのに誰だろう。もしかして誰か急病人が出たのかな。

 「お店開けた方が良いよね」

 遠のくどころか次第に大きくなる灯に私は急患を想定し、薬局を開けることにしました。着替えるのが面倒なのでパジャマの上からガウンを羽織ってお店へ向かう私は待合室に明かりを灯し、玄関の鍵を開けて来客に備えました。

 「この時間に来るってことは急を要するってことだよね」

 高熱? 嘔吐? それとも怪我? 患者さんの状態は分かりませんがすぐに診れるように準備を進め、調薬することも考えて調薬道具を出します。


――ソフィーいるか!


薬研や乳鉢を出し終えた時です。勢いよく玄関が開いたか思うとエドが慌てた様子で中に入ってきました。

「ソフィーすぐ来てくれ!」

「どうしたの。急患?」

「違う! 火事だ。村の入口にある家が燃えてる」

「けが人がいるの⁉」

「中にまだ人がいるらしい。すぐ来てくれ」

「嘘でしょ⁉」

 そんな。取り残された人がいるって……助かる見込みがないじゃない。

 軽い火傷くらいならすぐに処置が出来ます。でもまだ逃げ出せていないってことは仮に救出できても軽度の熱傷では済まないはず。皮膚が爛れてしまっているような重症となれば正直手に負えません。いや、燃え盛る建物中に飛び込んで助け出すのは自殺行為に等しく、おそらく火の勢いが衰えるまで救出は不可能です。私が行ったところで出来るのは――

「ソフィー!」

「ご、ごめん! すぐ準備するから!」

私に出来ることは無いかもしれない。それでも必要とされるなら現場に向かうだけです。私は往診かばんに使えそうな薬を詰め込むと先に外に出たエドの後を追い、家が燃えていると言う村の入口に急ぎました。

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