Karte17:パンアレルギー

第80話 原因はパン?

 親愛なるソフィアへ


 元気にしているかしら?

 ハンスから話は聞いてるけど相変わらずのんびりとやってるようね。特に変わった様子もないみたいだし、とりあえず安心しているわ。

 今度、そっちに行こうと思っているの。たまには師匠らしいことをしろとハンスが五月蠅いのよ。まぁ、別に教えることはなさそうだし、顔見たら変えるつもりだから。

 今年も熱発疹の時期になったわ。あんたも気を付けなさいよ。




                              リリア・ゲーベル


 冬の訪れを感じるようになった11月のある日のことです。

 「パンが食べられなくなった?」

 午後になってやってきた村の女性が訴える症状に私は首を傾げました。

 薬局来たのは村の中心から少し北にある家で旦那さんと二人で暮らしている女性で名前はカレンさん。顔は知ってるけど店に来るのはずいぶん久しぶりだと思います。

 「ウチの受診歴は――ありますね」

 カルテ棚を探すと彼女の名前が記されたカルテがあり、それによれば前回の受診は一年以上前みたい。夏風邪で受診したようだけど、その時は特に異常はなかったみたいです。

 「前回受診した時には症状はなかったみたいすけど、出始めたのは最近ですか?」

 「ええ。先週くらいから。パンを食べたら全身が痒くなるの」

 「ほかに症状はありますか。熱が出たり、下痢を起こしたりとか」

 「特にないわね」

 「そうですか。他になにか思い当たることはありますか? 例えば……食べたのが生焼けのパンだったり」

 「思い当たらないわ。これってなにかの病気なの?」

 「考えられるのは『アレルギー』ですね」

 パンアレルギーなんて聞いたことないけど、特定の食べ物を摂取すると起こるという点で言えばそれが一番しっくりきます。

 「代表的なもので言えば『小麦アレルギー』や『卵アレルギー』があります。人によって症状の出方は違いますが、カレンさんの場合は恐らく軽度に分類されると思います」

 「そうなの?」

 「中には呼吸障害や発作を起こす方もいるので、それと比べたらって話です」

 もちろん症状が軽いからって辛いことには変わらないし、私は出来ることを精一杯するだけです。でも、パンを食べた時だけ痒みが現れると言うのは気になります。

 「小麦を使った他の食べ物は大丈夫なんですよね?」

 「パスタもクッキーも大丈夫よ。なんともないわ」

 「――となれば、小麦だけでなく卵も除外される……う~ん。他に原因が思いつかない」

 一般的なアレルギーでないことはなんとなくわかりました。パンに使われる材料では他には『牛乳』もアレルギーの原因として代表的なものですが、これも他の食べ物によく使われます。そもそもクッキーに使われるし、牛乳を原料にしたバターやチーズで症状が出ない時点で候補から外れます。

 「もしかして原因が分からない感じ?」

 「すみません。パンだけで症状が出ると言うのが聞いたことなくて。ただカレンさんの症状は『アレルギー』で間違いないと思います」

 悔しいけど、いまは原因不明と診断せざるを得ません。きちんと原因を究明して対処法を探さないといけませんが、今日のところはこのまま帰宅してもらうことにしました。

 「原因が特定できるまではパンを食べないようにしてください」

 「わかったわ。なんだかごめんなさいね」

 「いえ。私の方こそすみません。念の為に発作が起きた時の為に薬をお出ししますので待合室でお待ちください」

 原因は分からないけど、なんらかの『アレルギー』であることに間違いないと思った私は発作止めの薬を処方する事にしました。アレルギーの中には急に症状が酷くなるものもあるので予防的処方です。

 (さてと、今回はレシピを見ながら作るかな)

 診察室からカレンさんが出たところで調薬を始めますが、普段作らない薬を調薬するので今回は久しぶりにレシピ集を見ながら作る事にしました。発作止めなんて師匠と一緒に作った程度しか経験がないから正直、うまく作れるか自信がありません。

 (えっと、発作止めのレシピは――)

 必要な薬草は……うん。揃ってる。むしろ薬局なのに材料が無いなんて方が驚きだけど、滅多に使わない薬草もあるから心配だったのは事実。材料は揃っているから10分もあれば出来るし、レシピ通りに作れば失敗などしません。それでも作り慣れない薬なので普段以上に気を使う事に違いはなく、レシピ集と睨めっこしながら調薬するのもここに来て初めてです。

 (……失敗しないように)

 薬師になって2年程。いまさら失敗なんてすることはないだろうけど、油断した時ほど失敗は起き易いと師匠からも、リリアさんからも言われました。

 (念の為の薬だし、とりあえず1回分で良いかな)

 いまのところカレンさんを悩ませるのは痒みだけだから発作用のエキス剤は1回分、薬瓶1本だけ処方しよう。処方する以上、本数を増やせばカレンさんの負担が大きくなるだけだから必要以上に出すのは避けよう。あとは――

 (――あとは原因を突き止めないと)

 薬は作れてもカレンさんを困らせる原因を突き止めないといつまでもパンを食べれない生活が続きます。カレンさんが帰ったら師匠から貰ったカルテ集を見返してみるかな。


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