第78話 これじゃいつか……

 患者さんは東の森を入ってすぐの少し開けた場所で横たわっていました。一緒に森へ入ったと思われる村の若者数人に介抱されていました。良かった。顔色は良いし特に異常はないみたい。どうやら毒蛇に噛まれた訳じゃなさそうです。

 「お待たせしました。噛まれたのはこの人ですか?」

 「ソフィーちゃん! それにアリサちゃん! コイツの右足を蛇が噛みやがったんだ!」

 「右足ですね。傷口を確認しますので皆さんは離れてください。アリサさんは薬の用意を」

 介抱をしてくれていた男性たちを患者さんから離し、代わりに彼の近くで跪く私は診察を始めます。まずは咬傷を確認するために男性のズボンの右足側をまくり上げました。

 (――これだね)

 脹脛のやや下。対をなす小さな咬み跡からは出血も見られるけどほぼ止まっているから止血処置は必要ないね。あとは噛んだ犯人だけど――

 (普通の咬傷だからミツキバキルスネークではないね)

 患者さんの状況から可能性は無いと思っていたけど良かった。奴を除けばこの辺りに生息する毒蛇の毒は弱いので専用の薬を作る必要はありません。持ってきた解毒薬の投与で十分なはずです。

 「見たところ猛毒の蛇ではなさそうです。このまま解毒薬を投与しても良いのですが、噛んだ蛇の種類は分かりますか?」

 「いや分かんねぇ。おまえら分かるか?」

 噛まれた男性は一緒に来ている仲間たちに尋ねますが全員が首を横に振ります。森の中で足元も草が生い茂っているから仕方ないのかもしれません。出来ればきちんと診断を下して投与したいけど、予防的処置として飲んでもらうかな。

 「毒が回ってる様子はないので噛んだのは無毒の蛇だと思います」

 「なんだそうか。いやぁ~良かった」

 「ただし、念の為に解毒薬は飲んでもらいます」

 この状況では無毒の蛇が犯人と断定は出来ないと付け加え、私はアリサさんから解毒薬が入った薬瓶を受け取るとそれを男性に渡します。しかし、男性は毒蛇じゃないなら必要ないと薬を拒もうとします。

 「それってかなり高いんだろ? 念の為に飲むくらいなら飲まねぇ」

 「ダメです。無毒の蛇とは断定出来ていません。手遅れになってはいけませんので飲んでください」

 「でもなぁ~」

 少なくともいまは重篤な状態でないと知った患者さんは完全に緩み切っていました。よく見れば彼の仲間たちも先ほどまでの緊張感はなく、談笑しているではないですか。

 「おまえら――」

 彼らの態度にバートさんの顔は厳しくなり、蛇毒の恐ろしさを知っているアリサさんに至っては怒りを堪えているようでした。そんな二人を見て私はこのままじゃダメだと確信しました。

 (……これじゃいつか死人が出ちゃう)

 去年の春までこの村に薬局はなく、診療所があるセント・ジョーズ・ワートまでは三日は掛かります。きっと怪我や病気には注意していたはずです。それなのにいまは薬師がいるという安心から気が緩んでしまっています。特に目の前にいるような村では若手に入る人たちはその傾向が強く、普段から多少の無茶をしていました。いままでは無謀なことをして怪我をしても「仕方ないですねぇ」と呆れながらも処置をしていたけど、これ以上はいくら私でも見逃せません。

 「みなさんは……」

 誰に言うでもなく、静かに呟く私の声に最初に気付いたのはアリサさんでした。

 「ソフィー殿?」

 「――みなさんはなんとも思わないんですか」

 「ど、どうしたんだよ。そんな怖い顔すんなよ」

 蛇に噛まれた男性が少し顔を引き攣らせ、怒りに満ちた私を宥めようとします。貴方に怒っているのにどうやら分かっていないみたいですね。

 「蛇に噛まれたんですよっ。なんで平気な顔できるんですかっ!」

 「そ、そりゃ毒がないと分かれば。なぁ?」

 「ほんとに毒蛇じゃないと言い切れますか! 噛んだ蛇の種類は分からないって言いましたよね!」

 「そ、それはアレだ。噛まれた後もこうして元気だからよ。毒は無かったって言うか――」

 「蛇毒の中には数時間経って症状が現れるものもあります。蛇の種類が分からない以上、それを考慮しての判断なのに症状がないから飲まない? ふざけないで!」

 怒りが収まらない私は毒を嘗め切った態度の男性たちを前にしてさらに言葉を荒げます。

 「自分勝手な判断で薬を飲まないなら薬師を頼らないでください! 風邪をひいたから、怪我をしたからと頼らないでくださいっ」

 「……嬢ちゃん」

 「ソフィー殿――」

 「二人ともすみません。大きな声出したりして。でも、村の人たちの最近の様子を見ていたらいつかこうなると思っていたので」

 珍しく患者さん相手に声を荒げる私を前にバートさんとアリサさんは言葉少なく、それでもなにか言いたげな表情をしています。

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