Karte16:今度は必ず

第76話 第六感

 前略


 お元気ですか。

 リリアさんの弟子になって2カ月が過ぎようとしています。初めて会った時はまだ日差しが厳しかったですが、村を囲む森の木々もすっかり秋めいてきました。

 先日は薬のレシピ作りを手伝って頂きありがとうございました。一人なら絶対しないような組み合わせを教わった時は驚きました。けれど近くに先輩薬師がいるのは心強いと感じた一日になりました。また機会があればお手伝いお願いします。


 追伸 村で採れた栗を一緒に送りますね。




                           ソフィア・ローレン



 それは10月も半分ほど過ぎたある午後の事です。

 今年は残暑が厳しくこのまま夏が続くのでは思った先月と打って変わり、急に秋めいてきた今日この頃。

 「ソフィー、小瓶入りの傷薬なくなったぞ」

 「いま作ってるよ」

 「ソフィー殿、化膿止めも減ってるぞ」

 「分かりました。用意します」

 アリサさんの呼び掛けに応えつつ調薬を続ける私。ここ最近、暑さが和らぎ涼しさも感じ始めた頃から傷薬が飛ぶように売れていくのです。理由は簡単。村の人たちが実りの秋を感じようと頻繁に森の中へ入るようになったから。要は村人総出でキノコ狩りや栗・葡萄と言った果物を採りに行っては傷だらけになって帰って来るんです。

 「薬が売れるのは良いけど、なんで無茶するのかなぁ」

 追加の傷薬を作りながらそんなことをぼやく私は併せて化膿止めの調薬も始めます。このあとは往診の予定もあるから同時に進めなければ終わりそうにありません。

 皆が森の中へ入るのは別に構わないし、私もその御裾分けを頂いているので行くなとは言えません。ですがとにかく怪我人が多いんです。

 ちょっとした切傷や捻挫くらいなら問題ないのですが、鹿と栗を取り合って蹴られたと聞いたときはさすがに呆れました。幸いにもその人は軽い打撲で済みましたが一歩間違えれば命の危険さえある相手。万が一内臓が破裂したとなればそれは死を意味します。

 「動物もそうだけど、この辺りの森には毒蛇もいるんだから少しは考えてほしいよね」

 傷薬の材料を水と共に鍋に入れながらぼやく私は壁際にある薬棚に目が行きました。調薬済みの薬を保管するその棚には頻繁に出る薬が数種類、それと症状に応じた解毒薬が数種類ストックされています。もちろん蛇毒用の解毒薬も用意しています。

 「ある程度の備えはしてるし、対処出来る自信もあるけどみんな気が緩んでるよね」

 村を囲む森には小動物だけでなく有毒の蛇も数種類いると聞きます。幸いにも熊のような危険な大型動物がいないそうですが、機嫌を損ねた鹿や毒を持った蛇もそれなりの脅威になるのは間違いありません。なにより鹿とやりやって怪我をする時点で怪我に対する危機感が薄まっている証拠です。

 「――薬師は神様じゃないってことを分かってないよね」

 村に来て2年目の秋。村の人たちは私がいるからと多少の無茶は大丈夫と思ってる節があると感じる今日この頃。いつか大きな事故にならなければと願う私は傷薬の材料が入った鍋を火にかけます。ゆっくりと煮詰めて糊状になればあとは冷めるのを待ち、瓶に小分けすれば完成です。

 「とりあえずはこれで良しっと。これだけあればさすがに暫くは持つよね?」

 最近の売り行きから考えて作った傷薬は20個。最近の販売実績を考慮すれば村中にほぼ行き渡っているのはほぼ確実。腐らないと言っても作り過ぎればただの不良在庫と化すので当面はこの在庫で様子を見ようかな。

 「そういえば、まだ注文書が来てないよね」

 ハンスさんの診療所へ薬を最後に卸したのが9月の終わり。前回は卸した薬も少なかったし、そろそろバートさんが注文書を持って来ても良いはずなんだけどな。

 「用意しておいても良いけど、もうちょっと待つかな」

 ハンスさんが注文する薬は大体決まっています。欠かさず注文するのが痛み止め。あとは2~3回に1回のペースで麻酔薬と止血薬。たまに風邪薬のような一般薬の注文も入るけど、基本的にはその3つ。どれもウチじゃほとんど使わない薬だからストックは最低限の量しかありません。

 (ウチで使う分はまだあったよね?)

 在庫はまだあったはずだけど念の為、薬棚の下段にある鍵付きの扉を開けて在庫の確認をしました。ウチで使う分の在庫が減っていたら予測で痛み止めだけ作っておこう。そう思って痛み止めの本数を確認しますがウチで使用する分としては十分な量がありました。

 「これ以上は在庫過多になっちゃうね。仕方ない。もう少し注文書が来るのを待とうかな」

 もしかしたら前回卸した薬が想定以上に残り、注文を控えているだけかもしれません。週が明けても注文書が来なかったら、その時は確認の手紙を送ることにしよう。とりあえず調薬作業はいったん終わらせてお茶にしようかな。

 「二人とも~。ちょっと休憩しましょうか」

 待合室で販売用の薬の整理をしてくれているエドたちに声を掛ける私はふと窓の外を見ました。天高く馬肥ゆる秋とはよく言いますが、今日の空はまさにその通りで空は澄み渡っていました。冬の空とは違い、秋の空はまだ晩夏の空気を纏っているように感じますが空気は涼しく、季節は確実に冬へと向かっていました。

 「良い天気だねぇー」

 外を見上げる私は呑気にそんなことを呟きますが、遠くから聞こえる声になんだか嫌な予感を感じました。

 (……バートさんの声だよね?)

第六感と言うやつでしょうか、私の名前を呼ぶ声に自然と臨戦態勢になってしまいます。


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