第72話 店を続ける条件

 「これが出来上がった薬?」

 「はい。右が風邪薬。左が麻酔薬です」

 30分ほどで作り上げた薬は2種類。一般的な薬としてエキス剤タイプの風邪薬。精密薬は一番作り慣れている麻酔薬をそれぞれ1単位ずつ作りました。ちなみに1単位とは一日分の処方量もしくは1回の使用量のこと。風邪薬なら3回分で1単位。麻酔薬なら薬瓶1瓶がそれに当たります。

 「見たところ1単位分みたいだけど、毎回こんな感じなの?」

 「はい。頻繁に出る薬はストックもしますが、基本的には診察結果に合わせて必要単位だけ作ってます」

 「ふーん。面倒なことするのね」

 作り置きすれば良いのにと出来上がった薬を前に素っ気ない態度のリリアさんにさすがの私も気分が悪くなってきました。それはリリアさんを除き、全員が同じ感情の様でした。エドもアリサさんも顔には出さないようにしてくれているけど明らかに機嫌が悪く、二人もこの人のことを快く思っていないのがよく分かります。ハンスさんの知り合いでなければとっくにお帰り頂いていました。

 「この薬、薬草はなに使ったの」

 「風邪薬は“ミナミヒイログサ”と“ヤジリソウ”それに“スペアソルト”を使いました。あと“シュガーシート”の代わりに蜂蜜を薬さじ一杯入れてます」

 「そう。蜂蜜を使ったのは?」

 「蜂蜜には殺菌効果が期待できるので苦みを軽減するだけの“シュガーシート”より実用的だと判断しました

 「へぇー。ま、新米のくせして店を持ってるだけはあるようね。で、麻酔薬は?」

 「そっちは基本のレシピをそのまま」

 「弄ってないと?」

 え、なんでアレンジしてない方がおかしいみたいな顔をしてるの。精密薬は毒草も使うから正確な分量でレシピを忠実に守るのが基本だって教わったのに。まるで師匠から教わったことを全否定するような目に怒りを覚えます。

 「え、ちょっとなに怒ってるのよ。別に基本を守るのが悪いとは言ってないわ。ただね?」

 「なんですか……って! なに飲んでるんですか⁉」

 予測してない行動をとるリリアさんに思わず叫び、すぐさまエドに水を持ってくるように命じる私。それもそのはず。リリアさんは麻酔薬が入った瓶を手に取るとコルク栓を抜き、そのまま口に付けたのです。

 「なにやってるんですか! 麻酔薬ですよ!」

 「大丈夫。飲んでないから。口を付けただけよ。やっぱ痺れるわねぇ」

 「ふざけないでください! 散々言っておいてなにやってるんですか!」

 「これ、基本通りよね」

 「当たり前です! なにが言いたいんですかっ」

 「半分の量で良いわ」

 「はい?」

 「レシピ通りなら“アヤカシキャロット”の搾り汁が3㏄入ってるでしょ」

 「え……」

 なんで入ってる薬草の量まで分かるの? 確かにレシピ通りなら入ってる薬草や一単位当たりの量は想像できます。でも、麻酔薬には“アヤカシキャロット”を使わないものも存在します。それなのに口に付けただけで“アヤカシキャロット”が入ってるのが分かるなんて。

 「薬師ならこのくらいできて当然よ」

 「当然って……」

 「ついでに言えば“アヤカシキャロット”を減らす代わりに“ローズセリ”をレシピの倍入れなさい。それと“オオアカベラ”の搾り汁を7㏄入れると良いわ」

 「で、でもレシピにはそんなことは――」

 精密薬はレシピ通りに作るように教わったのにそんなアレンジを加えて良いの? 毒草を使うから下手にレシピを変えるのは危険だと言われたのに、この人が言っているのはまるで逆。この人はたぶん師匠とはタイプが真逆の人なんだ。

 「あんた、ソフィアだっけ。どうして薬師には『5年ルール』があるか知ってる?」

 「それは修行するためです」

 「なぜ? 免許取ったのにまだ修行する必要があるの?」

 「それは……」

 「免許を取った以上、いくら新米でも基本レシピは作れる。それでも修業期間が設けられているのは失敗するためよ」

 「失敗ですか?」

 「そう。それは新米薬師だけに与えられた特権よ」

 経験が少ない薬師だけが許される特権だと教えてくれたリリアさんは初めてニコッと笑顔を見せました。

 「免許取っても基本レシピしか作れないようじゃ意味がない。だから修行中に色んなアレンジをして、患者一人一人にあった薬を作れるようになる。それは精密薬も一緒。どんどんオリジナルのレシピを作らなきゃ」

 「でも、そんなことして失敗したら……」

 「だから先輩薬師のもとで修行するの。失敗しても責任は指導役の薬師が取る。新人は新人らしく失敗を恐れず挑戦しなさい」

 本当に危険な組み合わせは指導役が止めるから心配する必要はないと付け足すリリアさん。その表情は柔らかく、最初に感じた冷たい印象は何処にもありませんでした。

 「あたしはハッキリ言って口は悪いわ。でもあんたみたいなやつは嫌いじゃない」

 「あの、それって……」

 「この店、続けたいんでしょ?」

 どうなのと念押しするリリアさんはじっと私を見つめます。私が首を縦に振るのを待っているんだ。この人は師匠と違って冒険者で考え方が真逆と言っても良いほど違う。私がこれまで教わってきた事をゼロにして教わらないといけないかもしれない。それでも――

 「……本当に、良いんですか」

 「ハンスの頼みだしね。それに、実際に会ってみて分かったけど、あんたは良い腕を持ってる。なら育てるしかないでしょ」

 「リリアさん……」

 「もちろん、この店も続けて良い。これまで通りで良いわ。あたしはたまに来る程度にするわ。条件はそれだけ」

 条件なんて言うけど、全く条件になっていない。私が希望していたこと全部を無条件で叶えてくれているだけだ。本当にこんな私の師匠になって貰えるの?

 「本当に、良いんですか」

 「嫌ならこのまま帰るわよ?」

 「い、いえ! その……」

 「なによ。早く言いなさい」

 「師匠のお陰で店を持てました。けど、まだまだ私は未熟です。なので――ご指導ご鞭撻、宜しくお願いします!」

 勢いよく、そして深々とリリアさんに頭を下げる私は決めました。これからはこの人の下で修業をしようと。師匠とは真逆の人みたいだけど、ハンスさんが声を掛けたのなら私の糧になるはず。だからリリアさんに付いて行こう。そう決めた私でした。

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