第73話 誇りと重圧

 その日の夜。この日は珍しくエドが泊って良いかと尋ねてきたので快く泊める事にしました。

 リリアさんはあの後すぐ自分の店があるから長居は出来ないと村を発ちました。嵐のような人と言えば大げさだけど、この店を続けられるようになったのは素直に喜ぶしかありません。

 「良かったじゃねぇか。俺はあの人苦手だけど」

 「自分で口が悪いって言ってたでしょ。それにしても珍しいよね。泊めろなんて。どうかした?」

 「別に。つか、おまえもよく泊めたよな」

 「たまには『泊っても良い』って言ったでしょ」

 「同じ部屋で寝るとは言ってない」

 なんでそこに不満を持つかな。一応、私はベッドでエドは床ってしっかり分けたつもりなんだけどな。

 「この前は一緒にいてくれたでしょ」

 「あれは仕方なくだろ。2階に空き部屋があるよな。そっちで寝る」

 「使ってないから埃だらけだよ」

 「俺、男なんだけど?」

 「なにかするつもり?」

 「コウノトリがどうとか言ってたやつに言われたくない」

 「忘れてって言ったよね⁉」

 なんで今更それを持ち出すのよ。あれはいわば私の黒歴史なんだから、絶対タブーなんだからね。

 「で、良かったのか」

 「なにがよ」

 「リリアさんだよ。あの人の弟子になって良かったのかよ」

 もしかしてそれが聞きたくて泊まるとか言い出したの? ナイトテーブルのオイルランプの仄かな明かりに照らされるエドの表情は硬く、その顔に私も真剣に答えようと言葉を選びました。

 「……正直に言って分からないよ。でも、いまはこれが最善だと思うの」

 「村の為、か?」

 「薬局を続けるためには最低でも師匠となってくれる薬師が必要。リリアさんは私が条件にしていた全てを受け入れてくれた。ならお願いするほかないよ」

 弟子にしてもらう身で条件を出すなんておかしいけど、ウチが出来て村の人たちは病気の心配をしなくて済むようになりました。その事実は私の誇りであると同時に重く圧し掛かっていました。私の都合だけで店を閉じるなんてとても出来ません。

 「私は3人でこの店を守りたい。師匠が残してくれた最後のプレゼントってのもあるけど、この村で薬局を続けることに意味があるの」

 「そっか」

 「ごめんね。本当はみんなで話って決めなきゃいけないのに」

 「この店の店主はおまえだ。俺たちは口出し出来ねぇよ」

 「ありがとね」

 お店のことになるとエドって本当に私を信じてくれるよね。でもね、今回ばかりはエドにもちゃんと意見を言って欲しかったんだよ? 薬局の運命を左右するくらい重要な話だから私の意見を尊重するだけじゃなくて、ちゃんとエドの考えを教えてほしかったな。

 「なんだよ」

 「ううん。なんでもない。寝よっか」

 「……マジで一緒の部屋なのか」

 エドがまだなにか言ってるけど、私は無視して布団の中に潜り込み、わざとらしくエドに背を向けます。この状態だと仮にエドがなにかしてきてもすぐには対処できないけど、彼を信じているからできるから背を向けることができるんです。それでも本当のことを言えば体が強張り、その証拠に私は布団を頭まで被り蛹のようになっています。

 (信じてるからね?)

 別にエドがなにかしてくると思ってるわけじゃないけど、心の中でそうつぶやく私はすぐには寝付けませんでした。それでもいつの間にか眠りについた私は翌朝、部屋の隅で丸くなっているエドにクスッと笑うのでした。

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