第71話 嫌なお客さん

 往診から戻った私を待っていたのは不機嫌そうなリリアさんとそんな彼女に手を拱いていたエドでした。

 「遅い。どれだけ往診に掛かってるのよ」

 「す、すみません。村の一番奥まで行っていたので」

 「そこの店員。愛想悪いんだけど」

 「そ、それはこの人が――」

 なるほど。リリアさんが私の悪口を言ったから反論しちゃったんだ。それにしてもエドが反論するなんて、私いったい何を言われたのかな。

 「さっき籠一杯の薬草を持って奥に入ったコがいたけど、あれ採集者でしょ。彼女も店員なの?」

 「アリサさんですね。はい。ウチの店員です」

 「ふーん。ま、新米薬師が雇う採集者ならそこまでないんでしょ。でも採集者まで雇うなんて良い身分ね」

 「だーかーらー! その言い方は――」

 「はいはい。エドは少し落ち着こうか。リリアさん。ウチの店員を見下すような言い方はご遠慮ください」

 正直、私も少しばかりカチンと来ました。私のことはどう言われても構いけど、二人のことを悪く言われると不愉快極まりません。

 「話があるなら伺います。こちらにどうぞ」

 「そうね。あんたに用があってきたんだからそろそろ相手してくれないと困るわ」

 またエドが横槍を入れようとするけど私の顔を見ると思い留まってくれ、代わりに玄関に掲げている札を下げに行ってくれる。いつもなら閉める時間には少し早いけど、リリアさんの件が長引きそうだと悟ってくれたみたいです。リリアさん。エドのことをどう言ったのかは分かりませんが、ウチの店番要員は優秀なんですよ。

 「こちらにどうぞ」

 「別に診察を受けに来たわけじゃないわ」

 「すみません。ウチには応接室が無いので」

 普段は患者さんが座る椅子を勧め、私も向かい合うように座って用件を尋ねました。

 「私に用件があるようですが、薬師協会の方ですか?」

 「それならとっくにそう名乗ってるわ。あたしも薬師よ。セント・ジョーズ・ワートに店を持ってる。ハンスって医師のことは知っているでしょ」

 「ハンスさん、ですか?」

 確かに知っているし、贔屓にして貰っているけど、なんでハンスさんのことを知ってるんだろ。そもそも私が彼の知り合いだと言うのは何処から出た情報なんだろう。やっぱりハンスさん?

 「ハンスとは古い付き合いなのよ。あいつ、面倒見良いでしょ?」

 「おかげさまで何とかやっています」

 「そう。あいつからあんたを弟子に取ってくれないかって頼まれたの」

 「ハンスさんから?」

 どういうことだろう。確かに師匠が亡くなったことは伝えたし、このままだと店を続けられないとも手紙に書いたけど、だからってここまでしてもらうつもりはなかったのに……。

 「あたしは弟子を取らない主義なの。けどあのバカがうるさいからとりあえず来てやったの。で、どうなのよ」

 「えっと、何がですか?」

 「あんたの実力よ。ハンスは褒めちぎってたけど、新米薬師がそこまであるとは思えない。だからあんたの実力を見せなさい」

 「実力ですか?」

 それって何か薬を作って見せろってことなのかな。でも、薬にはすべて基本のレシピがあるからその通りに作れば言い方は悪いけど誰だって作れる。それよりも普段の診察風景とかを観察した方が良いような気がするのは師匠がそういう人だったからかな。師匠は薬の完成度よりきちんと患者と接し、相手が伝えたい事を上手く汲み取れているか、それこそが良い薬師を見分けるポイントだと言っていた。

 「こんな小さな村じゃまともに診察する機会なんて滅多にないでしょ。なんでも良いから薬を作りなさい」

 「なんでも良いんですか?」

 「そうね。一般的な薬と精密薬。一種類ずつ、用途は指定しないから」

 リリアさんは一番自信があるやつを作りなさいとだけ言うと立ち上がり、待合室に戻ろうとしました。

 「見てると緊張するでしょ。手先が狂って変なやつ作られても困るからあっちで待ってるわ。出来たら呼びなさい」

 「は、はい。では出来たらお呼びします」

 早くしなさいと言って診察室を出て行くリリアさんを見届け、調薬作業に移る私だけど正直何を作って良いか分からない。

 粋がったところでレシピを間違えたら意味がないし、簡単な薬を作ればそれだけの実力しかないと思われる。なんでも良いから作れって言うのは一番難しい。でも――

 「これってチャンスだよね。この店を続けるためにはリリアさんに認めてもらわないと!」

 リリアさんはなんでも良いって言ったんだ。変に手が込んだ薬を作らずに一番自信のあるやつを作ろう。頭の中でレシピを思い浮かべながら薬草棚から必要なものを取り出して作業を始める私。これは薬師試験だと思えば良い。そう自分に言い聞かせ、薬研を使い薬草をすり潰す私は絶対この店を続けるんだと誓いました。


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