第70話 誰?
――ちょっと良いかしら?
薬局を出て数分。ちょうど村長さんの家を過ぎた辺りで呼び止められました。背後から聞こえる声の主は女性のようだけど声色に覚えはなく、警戒する私はゆっくりと彼女の方を向きました。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
年齢は恐らくアリサさんよりはるかに上。たぶん師匠と同年代の30前後と見える女性はどうやら機嫌が悪いらしい。え、私なにかした?
「あ、あの。私、なにかしましたか」
「この辺りに薬師がいると聞いたんだけど?」
え? ほんとに私なにかした⁉ 薬物中毒者の件では嫌疑無しって言われたけど……もしかして師匠がなにかやらかしてたんじゃ!
「で、いるの。薬師?」
「わ……私です」
「あんたが?」
明らかに疑いの目を向けられています。まるで品定めをするかのようにジーっと私を見つめる女性に身体が強張るのがわかります。
「あのっ、私なにかしてしまったのでしょうか。それとも師匠が何か問題を――」
「え? ああ。そんなんじゃないから安心なさい。あたしはリリア・ゲーベル。あんたは?」
「ソフィア・ローレンです」
リリアと名乗った女性は敵意がないことを示すように笑顔を見せてくれたけどそれはほんの一瞬だけ。麦わら帽子姿の私に険しい表情を向けました。
「ほんとに薬師なの? どう見てもピクニックに行く格好だと思うけど」
「往診に行く途中なんです。あの、ご用件があるなら薬局の方にお願いします。この道を真っすぐ行った薬草畑のある建物です」
こんな日差しの強い中で立ち話は出来ないのでお店へ行くように案内する私を疑っているのか、リリアさんはジーっと私を見つめて「真っすぐ行けば良いのね」と念を押してきました。
「店には留守番の子がいるので私に会いに来たと言えばお茶くらい出してくれると思います」
「別にそんなの求めてないのだけど」
「す、すみません」
なんだろう。なんだか調子狂うな。この人とは馬が合わないような気がする。ハンスさんも最初は難しい人なのかなと思ったけど、リリアさんは違う意味で取っ付き難い。
「薬局で待たせてもらうからさっさと来なさい。こんな暑い中、セント・ジョーズ・ワートから来たんだから」
「はい。往診が終わったらすぐ……セント・ジョーズ・ワートから来たんですか」
「そうよ。なにかある?」
「い、いえ」
セント・ジョーズ・ワートからのお客さんなど見当がつかない私は本当に何かしてしまったのでは不安になりました。けれどリリアさんは何食わぬ顔で私の横を通り抜け、薬局へ続く一本道を歩いて行きました。
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