Karte15:この村で、3人で

第69話 目の前のことを一つずつ

 前略


 ハンスさん、お元気ですか。

 師匠の件ではお気遣い頂きありがとうございました。気持ちの整理が付いたかと言えばまだ嘘になりますが、私は大丈夫ですのでご心配なく。

 さて、王都からの帰りに立ち寄った際にお話ししましたが今後のことでご相談があります。ご存じの通り、私は“5年ルール”の例外でエルダーに店を構えています。しかし、師匠が亡くなったいま、その例外規定の適応条件から外れてしまいました。

 このままでは店を閉じなければなりません。ですがそうなれば村の人たちが困ります。医師であるハンスさんにこんな話をして意味は無いのかもしれませんが、このまま店を続ける妙案はないでしょうか。


           追伸 注文を受けていた薬は後日、エドに配達させます。




                            ソフィア・ローレン


 王都から戻って数週間。村に戻ってからも師匠の件で手続きに追われていた日々が終わり、ようやく日常が戻ったと思ったある日のことです。

 「……どうしよ」

 患者さんの診察が落ち着いた昼下がり。診察室で一人頭を抱える私の前には薬師協会から届いた一通の手紙がありました。

 「分かっていたことだけど、実際目の当たりにすると策が思い浮かばないよ」

 協会から届いたのは手紙と言うより通告書に近いものでした。内容はと言うと、次の免状更新までに新たな修行先を見つけなければこの店の営業許可を取り消すというものでした。些か乱暴な表現かもしれませんが、本来であれば私はまだ店を持つことが許されていない新米薬師。これまでは師匠が営む店を任されていると言う体を取っていたので経営者であった師匠が亡きいま、このまま店を続けるのは不可能に等しいのです。

 「期限は来年の更新までか。まだ時間はあるけど、急いで何とかしないといけないよね」

 このまま店を続ける方法はいくつかあるけど、最も現実的なのは先輩薬師に弟子入りすること。師匠のように店を任せてくれるどうかはその人次第だけど店を続けられる可能性は一番高い。でもそれは師となってくれる薬師がいての話。正直同業者で顔なじみと言えるのはハンスさんくらいだし、なにより彼は医師なので免状が違う薬師の私を弟子にすることは出来ません。王都には師匠の知り合いはいるけど、直接面識がある訳じゃないので現実的じゃありません。

 「薬のことなら誰にも負けないと思うんだけどな……」

 調薬技術や知識はその辺の薬師よりも自信はあります。だけど経験年数が私には足りません。いくら腕に自信があっても5年の修業期間を過ぎなければ一人前とは認めてもらえないのが薬師の世界。私みたいなひよっこが自由奔放に薬局経営をしている方が稀有な存在なんです。

 「とにかく、次の免状更新まで――ううん。冬までには道筋を付けなきゃ」

 季節は秋に差し掛かり、のんびりしていたらあっという間に次の更新が来てしまう。

 「まずはハンスさんに手紙を出して力を借りよう。もしそれでダメなら――」

 ダメな時は奥の手を使おう。その時はエドたちに迷惑を掛けるけど、二人ならきっと分かってくれるはず。私はそう信じて中断していたカルテの整理を再開しました。

 村に来て2回目の晩夏。最初の頃は日に一人や二人だった患者さんがいまでは四、五人。多い時だと十人近く来るようになり、カルテも村人のほぼ全員分が揃いました。まぁ、患者さんと言っても急を要する人は月に二、三人で大半が世間話ついでに傷薬やポーションを買って行くだけなのだけど。

 「そういえば、樵のお爺さん。今月はまだ薬取りに来てないね。あとで持って行こうかな」

 ふと目に留まったカルテを見て毎月腰痛の薬を貰いに来るお爺さんに今月分を処方していないことに気付き、待合室にいるエドに声を掛けました。

 「お爺さん、今月来てないよね?」

 「来てないな。あとで往診行くか?」

 「そうする。店番お願いね」

 さすがエド。全て言わなくてもちゃんと分かってくれている。

 師匠が亡くってからというものエドはこれまで以上に私を手伝ってくれています。店番や配達はもちろんだけど最近では調薬の補助もしてくれるようになり、初めて会った時と比べたらかなり心強い存在になったのは言うまでもありません。

 「――それにしてもさ?」

 「なに?」

 「おまえって修行中の身だったんだな」

 「聞こえてた?」

 「バッチリ聞こえてた。独り言のくせに声大き過ぎるんだよ」

 呆れ気味のエドは診察室に入ってくると「どうするんだよ」と尋ねてきました。

 「このままだと店続けられないんだろ」

 「怒らないんだ。私がまだ修行中だったってこと」

 「別にどうでも良いだろ。それより新しい修行先が見つからなかったらどうなるんだよ」

 「少なくともこの店は営業停止だね。誰か私を弟子にしても良いって言う人が現れたとしても、その人がいまのやり方を否定したらそれまでかな」

 そもそも師匠のように弟子をいきなり田舎の空き店舗に放り出す人なんかまずいません。いくら免状を持っているとはいえ経験値が足りない薬師に薬局経営を任せようなんてリスクが大き過ぎます。

 「師匠は多少のリスクがあっても私に早く独り立ちして欲しいからこの店を任せてくれたんだと思う」

 「ならその思いに応えろよ。俺は薬師のことはよく分かんねぇけどさ、ルークさんがそこまでしてくれたなら意地でも続けるべきだ」

 「エドって変わったね」

 「は? なに言ってるんだよ」

 思わずクスッと笑ってしまった私に少し機嫌を損ねるエド。少し前ならこのまま口喧嘩に発展していたよね。

 「私がこの村に来た時のこと覚えてる? こんな田舎に薬師がいても意味ないだろって言ったよね」

 「あ、あれは悪かった。うん。反省してる」

 「でも私だけで店を切り盛りするのは大変だろうってすぐ手伝いに来てくれた。いまじゃ『意地でも続けろ』って。私も変わったけどエドも変わったね」

 「う、うるせぇ。おまえのどこが変わったんだよ」

 「当てたら来月のお給金倍にしてあげるね」

 絶対当てられない自信がある私はそんな意地悪を言ってカルテ整理に戻ります。エドのお陰で少し気が楽になった。

 この店は私だけの物じゃないんだ。エドがいてアリサさんがいて、村のみんながいるからこの薬局があるんだ。この先どうなるかは分からないけど、いまは目の前のことを一つずつやっていこう。真面目に正しいことをしていればきっと神様が何とかしてくれる。そう願う私はカルテの整理を手早く済ませ、今度は往診の準備を始めます。本来なら今日は往診予定など入れておらず、薬局に籠るつもりでした。けれど普段ならそろそろ薬を取りに来るはずの樵のお爺さんが来ていないことに気付き、急遽様子見がてら配達に行くことにしたのです。

 「ちょっとお爺さんのところ行ってくるから店番お願いね」

 往診かばんに腰痛薬の小瓶を入れて準備を整え、診察室を出る際に壁に掛けていた麦わら帽子を被る私は待合室を抜けそのまま外に出ました。晩夏と言っても日差しはまだ厳しく、すぐに額から汗が滲んできました。

 「やっぱり外は暑いね。まぁ、店の中もあんまり変わらないんだけど」

 窓を全開にしていても風がなければ熱がこもり、室内でも汗が滲む村の夏は王都と比べるとまだマシな方。周囲を森に囲まれ、村の北側を川が流れているので北風が吹けば凌ぎ易くなります。

 「やっぱり水辺が近くにあるのは良いよね。そうだ。またオイスターモドキを獲りに湖に行こうかな」

 あの時は結局、水の中には入らずエドとテントの中で話すだけだったから今度は泳ぎたいな。


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