第63話 思い出の味①
師匠の葬儀はしめやかに執り行われ、トレードマークでもあった白衣と共に葬られたのはその翌日。棺は教会が管理する墓地に埋葬されることになりました。
葬儀自体はごくごく簡単に、司祭様の祈りだけで済ませました。私の知る限り、交友関係が広いとは言えない人だったので参列者は私とエド、親しかった薬師が数人。静かに祈りを捧げるのがいまできる精いっぱいの弔いでした。
「無理するなよ」
「大丈夫だよ」
「ほんとか? 少しは休めたのか」
「さっき少し寝たから大丈夫だよ」
心配そうに私を見つめるエドを前に気丈に振舞う私は笑顔を作ります。埋葬も終わってひと段落着いたところで食事に誘ったのは私。正直、休めてないし仮眠も取れてないけどエドに心配を掛けることは出来ず、私自身も少し気分を変えたくて外食しようと誘ったのだけれど逆に心配させてしまったみたいです。
「ごめんね。気を使わせちゃったね」
「謝るくらいなら我慢するなよ」
「ありがと。ここのごはん美味しいでしょ」
「え? ああ。よく来てたのか」
「師匠とね。最後に来たのは私が王都を出る前日、門出祝いだって」
エドを誘った店は昔から師匠とよく来ていたバー。酒場だけどご飯が美味しくて食事目的で来るお客も多いお店。お酒が弱かった師匠もここに来たからと言ってお酒を飲むことはほとんどありませんでした。
今日は比較的お店は混んでいてまだ店主のおじさんとは顔を合わせていません。店内が空いている時は私のところへ来ていろんな話をしてくれ、それを師匠は楽しそうに眺めていたのも過去のことになってしまいした。
「今日は私が出すから好きに頼んで良いよ。あ、お酒はダメだからね」
「分かってるよ。つか、なんでソフィーが出すことになってんだよ」
「たまには良いでしょ」
「良くねぇよ。こういう時こそ俺が出す」
「こういう時だからこそ、だよ。たまには私に甘えなさいよ」
お店の中だから口調こそ抑えているけど徐々にヒートアップしてきた私たち。自分でもなんでこうなるのかと呆れてしまう部分はあるけど、エドが相手だとついこうなってしまう。それでも今日はどうしても折れる訳に行かない。そう思った時です。背後から久しぶりだけど、間違いなく馴染みのある声が聞こえました。
「今日は俺のおごりだから痴話喧嘩はそのくらいにしな」
「おじさん⁉」
「久しぶりだな。ソフィーちゃん。さすがにその歳になると1年くらいじゃ代わり映えしないな」
「そうですね。エド、この人がこの店のマスターだよ」
「ど、どうも」
「よろしくな。ルークのことは聞いてる。残念だったな」
「……はい。でも師匠は最後、とても穏やかな顔でした」
「そうか――ちょっと待ってな」
良いものを用意すると言うおじさんは、昔のように私の髪をわしゃわしゃ撫でると店の奥へと消えていきました。エドはその様子をどこか不思議そうに眺め、おじさんが厨房へ入っていくのを確かめたところで私に「あんな感じなのか」と聞いてきました。
「私にことを小さい時から知ってるからね。おじさんにとって私はまだ子供なんだよ。あ、エドがしたら1年間お給金ゼロだからね」
「そんなに重罪なのかっ」
「これでもそれなりにケアはしてるんだよ」
「へぇー」
「なによその顔」
嘘だと言わんばかりにジト目をするエドにムスッとする私だけど、なんだかちょっと気分が軽くなった。
「ソフィー」
「なに?」
「これからどうするんだ」
「お店のこと?」
「ああ。ソフィーがそうしたいのなら、こっちでルークさんの店を継いでも良いと俺は思ってる」
「エドは?」
「ソフィーが王都に残るというなら俺も残る。おまえの傍にいる」
「でもそこにはアリサさんがいないよね」
「そ、それは――」
急に言いよどむエドに私は重苦しい雰囲気にならないように言葉を選びながら自分の考えを話した。
「私ね、少し前なら――エルダーに来たばかりの頃ならこっちに残る道もあったと思うの。でもいまは村で、3人で薬局をやっていくことしか選択肢は無いんだ」
「それじゃ……」
「まだ決めてないよ。薬師協会に移譲すればすぐ新しい薬局が出来ると思う。売却すれば薬局の運転資金にもなる。難しいよね」
「そうか。そうだよな」
「ごめんね。村に帰るまでには決めるから」
王都を発つのは来週。師匠が持っていた薬師免状の返納や諸手続きを考慮すればあと1週間はこっちに滞在することになります。その間に師匠が残してくれたお店の行く末を決めなければなりません。そんな私にエドは何か言いたそう。きっと「決めるまで村に戻らなくて良い」とでも言いたいのだろうけど何も言いません。
「ありがとう。私が困ってるときはいつも気遣ってくれるよね」
「な、なんだよ急に」
「たまには良いでしょ」
「マスター遅いな」
あ、照れて誤魔化してる。でもこういう時だからこそ変に意識することなく、普段通りを心掛けるのが良いのかもしれないね。
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