第64話 思い出の味②
それからしばらくして厨房から出てきたおじさんは「待たせたな」と言って注文した覚えのない料理を私たちの前に出しました。
「おじさんこれって……」
「シチュー、好きだったよな」
「は、はい。でもこれって――」
おじさんが用意してくれたのは具沢山で見た目にも華やかなクリームシチューでした。冬でもないにシチューなどと普通は思うかもしれませんが、私はまさかと思いおじさんの顔を見ました。
「いいから食べてみな。うちで昔出してたやつだ」
ニコッと自信ありげな顔のおじさんに促され、乳白色のとろみがあるスープをスプーンにとります。仄かにチーズの香りにするそれを口に入れた瞬間、私はハッとおじさんの顔を見ました。
「気付いたか?」
「これ、師匠のシチューと同じです」
「マジ?」
「うん。エドも飲んでみてよ。でもなんで……」
あのレシピは師匠しか知らない。私もいつか教えて貰おうと思っていたけどそれも叶わず、私の中じゃ『幻の味』になっていたのに。
「言っただろ。昔出していたって。だいぶ前の話だ。あいつがレシピを教えてくれって頼み込んできたな」
「そうなんですか?」
「ああ。秘伝のレシピだったんだけどな。あまりの熱心さに負けて一から作り方を教えた」
「そうだったんですね。知りませんでした」
「いま思えばレシピを知りたかったのはソフィーちゃんの為だったんだろうな」
「私の為ですか?」
「昔のルークは目玉焼きすら作れないダメ人間だったからな。ソフィーちゃんを育てることになって慌てたんじゃないのか」
おじさん曰く、師匠はシチューを「具材を切って鍋に牛乳と一緒に放り込めばできる簡単なやつ」と言っていたらしいから本当に料理初心者だったんだろうな。
「あの野郎、鍋にぶち込めばできると思って甘く見やがって。コイツにはそれなりの手間と時間が掛かるのにな」
「ほんとですね。それにしても師匠って昔は料理苦手だったんですね」
「ああ。ソフィーちゃんを引き取るまではほぼ毎日うちに来てたからな。でも小さい子に毎日外食は良くないと思ったんだろうな」
「そうかもしれませんね」
初めての料理にシチューをチョイスするのは驚きだけど、それだけ私のことを大切に育てようとしてくれたんですね。
「……私、幸せ者だったんですね」
思わず涙があふれてくる私は世界一の幸せ者なんだと師匠に出会えたことを心から感謝しました。ここまで育ててくれた師匠への思いが涙となり頬を伝う私は師匠の名に恥じない立派な薬師になると決意を新たにするのでした。
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