第62話 師匠との約束

 翌朝。師匠は静かに旅立ちました。

 1階のキッチンで朝食の準備をしていた私のところへ血相を変えたエドが来たときは驚き、危うく熱々のフライパンを落としそうになりました。それでもきっと心のどこかで朝まで持たないのではと覚悟を決めていたのでしょう。エドに司祭様を呼びに教会へ行くように伝えた私は2階へと上がり、師匠の部屋に入りました。

 「――良かった。苦しまずに済んだんですね」

 自室のベッドの上で横たわる師匠の顔は穏やかでそれを見ただけで私は安心できました。

 (あとは、やることをやるだけだよね)

 本当はゆっくり最後の別れをしたい。けれど、薬師として最後の診察をしなければなりません。私と師匠にとってそれが最後の挨拶。そう思って私は師匠の首元に触れ、身体の硬直具合の観察を始めました。

 (……2~3時間ってとこかな)

 師匠の身体は部分的に硬直が進んでおり、その程度から死亡推定時刻を計算する私。いま8時前だから死亡時刻は5時前後と見積もり、同時に朝方までなんとか持ち堪えてくれていたんだと想像しました。

 (朝ごはん食べようと頑張ってくれたんですね……)

 最後くらいまた一緒に朝ご飯を食べたかったな。そんな思いがこみ上げる私は泣きそうになるのを堪えて診察を続ける。

 (師匠と話せる最後の機会なんだ。ちゃんとしないと)

 死後硬直が始まっているので今更診察など無駄だという人もいます。それでも死亡診断を下すためには必要なことですし、患者さんと――師匠と話せる最後の機会なんです。少しも無駄とは思いません。


 (――師匠。私、立派な薬師になります)


 呼吸が無く、脈もない。最後に確認するのは瞳孔の開き具合。窓から差し込む朝日は私には眩しいけどちょうど良い光源になります。


(――私、あなたの娘になれて良かったです)


いまの師匠は――


 (これまで、本当にありがとうございました)


 ――午前8時10分、死亡を確認。


 「ルーク・ガーバットさん。ご臨終です」

 死亡宣告を下す私は胸の前で手を組み、祈りを捧げる為に目を瞑ります。


 どうか、師匠の魂が迷うことなく天に召されるようにと。

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