第61話 師匠とティータイム ②

 「……なんで他人事なんですか」

 「他人事じゃないよ。無駄に悪足搔きをしないと決めただけだよ」

 「どうしてですかっ。薬師なら薬師らしく薬を作ってくださいよ!」

 「ソフィー、僕たちは全知全能の神じゃない。たとえ薬師でも救えない命がある。それはキミも良く知っているよね」

 「でもっ」

 「僕が侵されている病は薬で治るものじゃない。なら抗うことなく、天にすべてを委ねようと思ったんだ」

 「だからお店閉じたんですか」

 「表の貼紙のことだね。いまの僕には患者に納得してもらえる薬は作れない。だから薬師の看板を下げたんだ。どちらにせよ、僕自身そう長くはないからね」

 「本当に――本当に治らないんですか」

重苦しい沈黙が私たちを包みます。師匠の顔を悲しそうな顔を直視出来ず、時が止まったかのような空間で私は下を向きました。

 「――私、生きてほしいです。師匠に生きてほしいです」

 「…………」

 「まだ恩返し出来てません。私は師匠に救われました。それなのにひとつとしてお返し出来てません」

 「そんなことないよ。キミのお陰で薬師を続けられた。それにキミはちゃんと薬師になるという夢を叶えた。一番の恩返しだよ」

 違います。夢を叶えたのはただの自己満足に過ぎません。だって薬師になるまで師匠にはたくさん迷惑を掛けました。恩返しとはとても言えたものじゃないです。師匠にもっと――

 「――ソフィー?」

 「……なんですか」

 「少し、建設的な話をしようか。これはキミしか話さない。エド君にも秘密の話だ。調薬室に隠し金庫があるのは知ってるよね」

 「調薬台の下、ですよね」

 調薬室の中央に置かれた台の下には周囲とは少しだけ色調の違う床材が張られた箇所があり、その下に金庫が埋められています。

 「金庫の中にはこの店の権利書が入ってる。キミに譲るよ」

 「それって……」

 「ここで店を継ぐも良し、エルダーに戻るというなら売り払って運転資金にしても良し。好きにしなさい。それから――」

 「……師匠」

 「キミ名義の預金証書も入ってる。紛れもなくキミの物だ。必要な時に換金しなさい」

 「私、貯めた覚えなんかありません」

 「僕が貯めたんだよ。キミがいつか素敵な相手を見つけてここを去る時の渡そうと思ってね」

 額は少ないけどと付け足す師匠は「僕が出来る精一杯の親心だ」と苦笑いするけどそんな事ありません。あの時、出会わなければ一生他人同士だった私をここまで育ててくれただけで十分なのにここまでしてもらえるなんて。あふれる感謝の思いが涙となって頬を流れました。

 「ありがとう……ございます……」

 「ソフィー。キミは良い仲間に巡り合えた。その縁をこれからも大切にしなさい。大丈夫。キミは僕の弟子なんだ。いまこそ僕を追い越す時だ」

 「……はいっ」

 「うん。良い笑顔だ。ソフィーにはその顔が一番よく似合うよ。さ、遅いしそろそろ休んだらどうだい」

 「師匠は?」

 「やらなきゃならないことがあるからね。もう少し起きてるよ」

 「体調良くないなら無理しないでくださいね。それから――」

 「なんだい?」

 「明日の朝ごはん、私が作るから必ず食べてくださいね」

 「それは楽しみだな。期待してるよ」

 「はいっ」

 にこやかに微笑む師匠に思わずつられてしまう私も笑顔になる。どうしてだろう。いまの師匠を見ていると不治の病は噓なんじゃないかと思ってしまう。いや、本当に嘘なのかもしれない。このまま明日の朝には顔色も良くなって完治してるんじゃないかと、そんな錯覚さえ感じてしまう素敵な微笑み顔を見せる師匠。

 「それじゃ、先に寝ますね」

 「ああ。おやすみ」

 「おやすみなさい――師匠?」

 「ん?」

 「明日――絶対、朝ごはん食べてくださいね」

 部屋を出る直前、念を押すように言うけどそれが本当に叶うのか私には自信はありません。それでも私は希望を捨てず、明日には病に侵された師匠が良くなっていることを願うのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る