第60話  師匠とティータイム ①

 二人が戻ってきたのは1時間ほど後のことでした。なにを買い忘れたのか分からないけど、診察室の奥――家屋部分にあるダイニングルームで帰りを待っていた私には二人でなにか秘密の話をしたんだなってわかりました。肩の荷が下りたような穏やかな顔の師匠に対してエドの表情は暗く、なんというか必死に泣くのを堪える迷子みたいでした。このままだと重苦しい空気になりそうだから意識的に平常心を保たないと。

 「エド、お腹空いてない? なにか食べてきた?」

 「え? ああ。ちょっとだけ。ご馳走になった」

 「そっか。ししょー、私には無いんですか」

 「ちゃんと買ってきたよ。後でゆっくり食べなさい。エド君、ちょっと席を外してくれないかな」

 え? もしかして私の作戦は逆効果だったの? なにやらエドの背中をそっと押す師匠の表情はどこか暗く、まるで覚悟を決めたようにも見えました。こうなったら私もいい加減、覚悟決めないといけないよね。

 「私からもお願いするよ」

 「ソフィー?」

 「2階の奥にゲストルームがあるから好きに使って」

 「なにかあったら呼べよ」

 「うん。ありがと。それで――」

 エドが私の横を通り過ぎ、2階へ続く階段を昇って行くのを見届けて改めて師匠と向き合う私。その目はきっと覚悟に満ちていたと思います。

 「師匠、なにか大事な話があるんですよね?」

 「っ⁉」

 私の問い掛けに一瞬だけ表情を変えた師匠は「そうだよ」と答え、お茶でも飲みながら話そうかと紅茶の用意を始めました。

 ティータイムよりバータイムだとか、そんな悠長な空気感じゃないとか思うところはあったけど自然と師匠の手伝いを始める辺り、私もきっと同じ考えだったのかな。

 「師匠はいつも通り、ジャムですか」

 「いや、今日はストレートにするよ。たまには茶葉の味も楽しみたいしね」

 「それじゃカップだけ用意しますね」

 出来るだけに自然を装ってティーカップの準備をする私だけど、ストレートで飲みたいという師匠に動揺を隠せません。どんな時も、たとえ体調がすぐれない時でも紅茶にジャムが師匠の定番。それなのにストレートで飲みたいだなんて、他の人からすればただの気分転換に思えても私の目は誤魔化せません。

 「――やっぱり、病気なんですね」

 「心配させてしまったね」

 「あの手紙、本当なんですね」

 「紅茶、はいったよ。続きは飲みながら話そうか」

  ティーポッドを片手に微笑む師匠は手際よく紅茶をカップへ注いでいきます。それに合わせて私は反射的に戸棚から茶菓子を取り出し、ダイニングテーブルに並べます。

 「師匠、クッキー準備できましたよ」

 「ありがとう。こっちもオーケーだ。ソフィーはレモンティーだったね」

 「いえ。私も今日はストレートで。あ、お砂糖はお願いしますね」

 「珍しいね。砂糖は一つで良いかな」

 「はい――ありがとうございます」

 ティーカップを受け取り、師匠が向かい側の椅子に座ったところで本題に入る私たち。どちらから切り出したら良いのかしばらく沈黙が続いたけど、先に口を開いたのは師匠。天井を見上げて 「どこから話そうか」と悩みながらも病に侵されていると気付いたのは去年の冬だと教えてくれました。

 「キミに会いにエルダーへ行ったあとだよ。なんとなく体の調子が悪くてね。その頃は薬を飲めば改善したんだけど、そのうち薬が効かなくなってきたんだ」

 「その……他の薬師に診てもらったりとかは?」

 「知り合いの薬師に診てもらったけど処方される薬は僕が作るのと同じもの。彼らも僕と同じで原因が分からなかったんだ。僕が血を吐くまではね」

 「――っ⁉」

 「おいおい。そんな顔しない。吐いたと言っても咳に混じった程度だよ。どちらかと言えば喀血だね」

 「一緒です! なに呑気なこと言ってるんですか!」

 声を荒げる私の視界は涙でぼやけていました。自分の身の起きていることなのに他人事のように話す師匠に怒りがこみ上げてきました。

 吐血を伴う病――私はいくつか心当たりがありました。そのほとんどが命に関わる病気で治療薬が見つかっていない不治の病。それにすっかり痩せてしまった師匠の姿から推測すると間違いない。それなのに――!

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