第48話 危険な薬②

 「薬瓶のラベルを間違えるなんてあり得ないし、そもそも『麻酔薬』が入った瓶をカウンターの下なんかに保管する訳がない。あえて取り易い場所に置いてたとするなら――」

 「頻繁に取りに来る人物がいる、という事か。だが、仮にそうだとしても叩き値同然の安さの理由はどう説明するんだ」

 「ハスラーを通さず買いに来る“患者”の為でしょう。最初は手軽に入手させ、より強い薬が欲しいならと高額な対価を要求する。道を外れた者なら考える常套手段ですね」

 「なぁソフィー。別にあの薬師の肩を持つつもりはないけどさ、本当にラベルを間違ったって事はないのか?」

 「ないね」

 即答する私。エドが言いたい事も理解できるけど、誰かの命を左右する仕事している限り薬のラベルを間違えるなど絶対に許されません。もし貼り間違えるとしたらそれは故意にしているとしか思えません。

 「これで分かったよ。なぜ村でもなくセント・ジョーズ・ワートでもない街道沿い、それも人気のないところに店を構えたのか」

 「安い薬を売ってると噂になれば人が集まり協会の目に留まる。人目を避けるにはあの場所がちょうど良かったんだろうな」

 「けどなんで俺に薬を売ったんだろうな。ソフィーの仮説が正しいとすれば、初めて見る相手には売らないと思うんだけどな」

 「たぶんは用意してなかったんじゃないかな。わざわざ人里離れた場所まで薬を買いに来るとは思わないからね。向こうからしても想定外だったのかもしれない」

 「だからって安易に売るのもどうかと思うぞ。警戒心がないと言うか、ただの間抜けだろ」

 「売った薬が薬師の手元に届くとは想像しないよ。それにかなり薄めてあったから一度や二度飲んだくらいじゃ依存症にはならないと思うし」

 「ソフィー殿、やつがハスラーと関係があるのなら盗賊も絡んでる可能性があるんじゃないのか。どうするつもりだ」

 「可能性はありますよね。でも裏が取れたとは言い切れない。ちょっと面倒ですね」

 ラベルと中身が違う薬を処方された――これだけでも協会へ通報する材料には十分です。しかも中身が『麻酔薬』となれば協会もすぐに動くはず。だけど本当にハスラーと繋がっているのなら、もう少し証拠を握って通報したいよね。

 「明日、その薬局に行ってみようかな」

 「そうか。それなら俺も――はぁ? なに言ってんだよ」

 「今はまだ私の仮説に過ぎないから、確証を得るためにも自分の目で確かめたいんだよね」

 「いや待て。さっき盗賊が絡んでるかもって言ったの誰だよ」

 「エドの言う通りだ。ソフィー殿にもしもの事があったらどうするんだ。アタシが行く」

 「待ってください。アリサさんもダメです。俺が行きます」

 「その薬師はエドの顔を知っているだろ? 日を空けずに行けば怪しまれる。アタシは旅の経験もあるし、偶然立ち寄った旅人を装って様子を見てくる。ソフィー殿、良いな?」

 「は、はい。お願いします」

 いけない。なんだか大事になってしまった気がする。自分が立てた仮説にはそれなりの自信があります。だからこそ騒ぎが大きくならないうちに手を打ちたいのに、二人には黙って動くべきだったかな。

 「おまえ、俺たちを巻き込んだと思ってるだろ」

 「そ、そんな事はないよ。ただ、騒ぎが大きくなる前に解決したいなって」

 「人気が無いと言っても街道沿いだ。いずれ誰かの目を引き話が広がる。そうなればソフィー殿にも協会の調査が入るやしれん。その前に手を打とうとしているのだ。誰も迷惑だと思ってない」

 「そうだぞ。まぁ、あとからボーナスくらいは払ってくれよな?」

 「もうエドったら。考えとくね。アリサさん、くれぐれも気を付けてくださいね。もし、盗賊と遭遇したら――」

 「心得ている。これでも旅慣れはしてるんだ。心配ない」

 力強いアリサさんの言葉とは裏腹に私の胸の内は不安でいっぱいになります。

 このままなにも知らなかった事にしてその薬師を野放しにする事は簡単だし、その方が私たちにとっても安全なのは間違いありません。

 「――二人とも」

 「なんだ」

 「どうしたソフィー殿」

 「誰かが薬で不幸になっているのなら、薬師として見過ごす訳にはいきません。けれどもし――」

 「もし?」

「もし、私の推理が間違っていたら、この店が無くなるかもしれません。それでも協力してもらえますか?」

 今回の事は一歩間違えれば営業妨害だと訴えられても文句が言えません。それどころか向こうが一枚上手ならウチが営業禁止になる可能性も考えられるのです。いまここで二人が止めてくれるのなら、それを願って私は本当に良いのかと改めて尋ねるけど二人とも力強く頷くのでした。

 「俺たちの雇い主はおまえだ。ソフィーがやると言うなら俺たちはそれに従うだけだろ」

 「その通りだ。それにこの話、限りなくクロに近いと思うぞ。無法者を野放しには出来ないだろ」

 「エド……アリサさん……はい! こうなったら徹底的にやっちゃいましょう!」

 そうだよ。こうなったら最後までやっちゃおう。少なくとも『風邪薬』の中身が『麻酔薬』になっていたのは間違いないし、いざとなればこれだけでも協会に突き出す材料にはなるんだから。

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