第47話 危険な薬
エドが噂の薬局から戻ってきたのは日が暮れ始めた頃。いつもならアリサさんも家に戻る時間だけど、今日はエドの帰りを私と待っていました。
「これが例の薬局で買ってきた風邪薬か」
「はい。妹が風邪ひいたって言ったらこれを」
「へぇ、ちゃんと“妹”って言ったんだ」
「他に適当な表現がなかったからな」
「ふーん」
「なんだよ」
「別に。これ、その場で調薬したやつ?」
「いや。カウンターの下から取り出してたぞ。もしかして飲むのか?」
「飲まなきゃ本物か分からないでしょ。大丈夫だよ。変な感じがしたらすぐ吐き出すから」
「そんなので大丈夫なのか」
「大丈夫だよ。もし私が倒れたらすぐに水を持って来てね」
心配するエドにもしもの時のことを伝え、彼がもらってきてくれた薬瓶の栓を抜く私は軽く匂いを嗅いでみます。うん。特に変わった匂いはしないね。
(師匠以外の人が作った薬を飲むのは初めてだけど、大丈夫だよね?)
疑心暗鬼になったところで飲んでみないとなにも分からない。私は意を決して一口飲んでみます。大丈夫。ただの風邪……違う! これって――!
「ソフィー?」
「エド! 水!」
「水?」
「早く持って来て!」
口に含んだ薬を吐き出し怒鳴る私。状況を飲み込めぬままエドは水を取りに行き、事態を察したアリサさんは私の背中を擦ろうとします。
「大丈夫です。すぐ吐き出したので」
「し、しかし……」
「無理に吐き出させるのは却って危険です。大丈夫。飲んだのはほんの少しなので」
「なにが入っていたんだ」
「かなり薄めてありますけど、たぶん『麻酔薬』ですね。はぁ~。薄まっていたとは言え、匂いで気付かないなんて薬師失格ですね。エド~お水まだ?」
「持ってきたぞ。なにが起きたんだよ」
「ちょっとトラブルかな。ありがと」
エドから水の入ったコップを受け取ると一気にそれを飲み干し、口の中に残った痺れを一掃する。飲み込んだのは少量だし、コップ一杯くらいで大丈夫だよね。
「ありがと。助かったよ」
「ったく、驚かすなよ。で、なんだったんだ。コイツの正体」
「――毒だな」
「毒っ⁉」
私に代わり答えるアリサさんの言葉に表情を変えるエド。まぁ、毒って聞けばそんな顔にはなるよね。
「毒が入ってたんですか!」
「落ち着け。ソフィー殿、説明してくれ」
「貰ってきてくれたのは間違いなく薬だよ。でも少しだけ細工されてたの」
「なんだよ細工って」
「ラベルは『風邪薬』になってるけど、中身は薄めた『麻酔薬』。それも経口投与が禁止されているやつ。ある意味で毒だね」
「あの野郎!」
「エド落ち着いて。確かに飲むと危険だけど薬には違いないから。それにほら、私は大丈夫だし、ね?」
「けど吐いたってことは飲んだら危ないって事だろっ。危うく死ぬところだったんじゃないのか!」
「死ぬ事はないよ。ただ、依存性はあるよね」
頭に血が上るエドを宥めつつ、なぜこの薬が経口投与が禁じられているのか説明を始める私。まさかエドがここまで怒るとは思わなかったし、こうなるならもう少しオブラートに包むべきだったかな。
「この麻酔薬には“アヤカシキャロット”っていう毒草が使われているの。もちろん弱毒処理をしたものを使うけど、幻覚や幻聴、気分の高揚と言った副作用があるの」
「つまり飲むとその副作用ってやつが強く出るのか」
「うん。しかも使えば使うほど依存性が強くなる厄介な薬なんだよね」
「だから経口投与禁止なのか」
「そう。だから使う時は薬師や医師の管理下で投与するし、保管も鍵付きの薬棚で保管するよう義務付けられているの。ウチもちゃんと鍵付きの棚で保管してるでしょ」
管理が難しく、処方する事も滅多にない薬だからハンスさんと取引するようになるまでは作る事すらほとんどありませんでした。それでも危険性は十分理解しているし、ましてやラベルを間違えるなんて絶対あり得ない。
「これはなにか悪い予感がしますね」
「なんだよ悪い予感って」
「その薬師がハスラーと繋がっている可能性があるってことだよ」
ハスラー――またの名を密売人。違法に調薬した薬を裏社会で売り捌く犯罪者。誤った服用で薬物依存症に陥った人に法外な値段で薬を売って莫大な利益を得る悪人です。
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