第49話 突然の来局者①

 アリサさんが噂の薬局まで足を運んでくれたのは翌日の昼前。エドはバートさんのところへポーションを届けに行っているから店には私だけ。店番をしながら二人の帰りを待つ私は窓の外を見つめます。

 「アリサさん、大丈夫だよね」

 途中で盗賊に襲われたりしてないよね。向こうの薬師に正体がバレれて捕まってたりしないよね。

 推理小説の一片のようなことを想像してしまう私は気分を変えようと大きく息を吸う。大丈夫。アリサさんはウチに来る前は旅をしていたんだ。エドに守って貰うばかりの私なんかより心得はあるはず。

 「それより、いまはこっちを優先しないとね」

 水を張った鍋に大きめの煮出し袋を入れ、薬草からエキスを抽出して作るのは麻酔薬。ある意味タイミングが悪いと言えるけど、ハンスさんから注文が入ったので仕方ありません。

 (――時間は掛かるけどこっちの方が良いんだよね)

 鍋を火にかけグツグツと煮出す方法がエキス剤の調薬法としては主流だし、私も急ぐときは煮出して作るけど時間を掛け、ゆっくりと水出しする方が良いと教えてくれたのは師匠。時間が掛かっても質の良い薬を作るのが薬師の仕事。その教えを守って作る麻酔薬にはもちろん弱毒化した“アヤカシキャロット”も入っています。

 「正しく使えば薬になるのに、なんか悲しいよね」

 私たちが作る薬は誰かを助ける為にある。けれども使い方を誤れば身を滅ぼしてしまう。だから調薬が許されているのは薬師だけなのだと。私はこの言葉を事あるごとに師匠から聞かされ育ちました。その教えを胸に薬師になった私はどんな理由があろうと人を不幸にする薬は作れません。作っちゃいけないんです。

 (ほとんどの薬師は私と同じ気持ちなんだよね)

 薬師の知識を悪用しようなんて愚か者はほとんどいません。それでも中には道を外れてしまう薬師が現れ、その大半が生活苦から裏取引を始めてしまうそうです。それに生活苦と言う意味では私も大差ありません。エドたちには内緒だけど、どちらかと言えばその日のごはんを食べるのが精いっぱいの日々が続いてます。これは二人のお給金を優先する限り変わらないと思います。それでも私は誰かを不幸にすることは出来ない。だって私は――


 ――薬師はいないか


 「――患者さん?」

 待合室の方から聞こえる声に首を傾げる私。確か表の札は『休診』にしていたはずだけどな。

 「困ったな。調薬中だから出来ればここから離れたくないんだよな」

 普段なら調薬途中でも対応するけど、いま作ってるのは『麻酔薬』だから完成までここを離れたくないんだよね。考え過ぎなのは分かってるけど、目を離した隙にに盗まれないって保証はないからね。


 ――薬師はいないのか


 「……ん? この声聞いたことないかも」

 最初は村の人かと思ったけど声色からしてどうやら違うみたい。というか1年もいれば100人ちょっとの村人の声程度なら聞き分けることが出来るようになるし、そもそも村の人たちが私のことを“薬師”などとは呼びません。

 「旅人さんかな?」

 声のトーンから緊急性は感じないし、村の人なら後から対応しても良いけど旅人が相手ならそうはいかないよね。仕方ない。ちょっと相手するかな。

 緊急性がなければ時間を改めてもらおう。そう考えた私は作業を中断して一旦、来客の対応をするために待合室に入りました。

 「お待たせしました。薬師のソフィアです。どうかなさい……っ⁉」

調薬室から待合室に入った私は来客者の姿を見るや否や、その異様さに思わず後ずさりしてしまいました。

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