第13話 昔話

 ――私はジギタリス山脈の麓にあるロベッジという村で生まれた。

 ジギタリス山脈は国の最北端に位置する辺境。標高が高くて山脈の麓でも万年雪が残るリンデンバウム王国で最も貧しい地域の一つ。

 読み書きが出来るのは一部の人だけ。貨幣メロは当然通用するけどほとんど自給自足の生活。商売と言うより物々交換で成り立つ村には当然薬師も医師もいなかった。

 そんな貧しい村で生まれた私だったけど、両親は私に愛情をいっぱい注ぎ込んでくれた。だけど――


 「――ある年の冬だよ。両親が病気で亡くなったの。薬師になったいまだからわかるけど、あれはただの風邪だよ」

 「風邪? 風邪で死ぬのか」

 「普通は薬を飲まなくても安静にしていれば良くなるよ。でも村はその日食べるのにやっとなくらい貧しかったから――」

 「……そうか」

 「両親が亡くなってからは大変だったよ。ただでさえ貧しい村で孤児の私はただのお荷物だった。村の外に売られなかっただけマシだよ。そんな時に現れたのがルークさん。私の師匠だよ」

 師匠が村に立ち寄ったのはただの偶然らしいけど、その偶然が私の人生を変えてくれたのは間違いない。

 「師匠が私を引き取ると決めたら村の人はすごく反対した。おかしいでしょ。村のお荷物だった私に引き取り手が現れたのに反対するなんて」

 「…………」

 「でも師匠は村の人の反発を押し切って私を王都に――自分の薬局に連れて帰ってくれた。そして、まずは生きていく為に必要な読み書き計算を教えてくれたの」

 師匠と出会ってからは毎日が楽しかった。私が興味を持つと師匠はなんでも教えてくれて体験させてくれた。薬師の仕事に興味を持ってからは弟子として薬草の知識や調薬法だけでなく、難しい法律も解り易く嚙み砕いて教えてくれた。師匠がいなければいまの私は絶対いない。

 「師匠と出会ってなければ今頃飢え死にしていたかもしれない。だから私にとって師匠は恩人なんだよ」

 「そうだったんだな。ソフィーが“ルークさん”のことになるとムキになるが分かったよ」

 「今日は“オッサン”って言わないんだ」

 「いまの聞いて言える訳ねぇだろ」

 「師匠の凄さに気づいてもらえて何よりだよ」

 「ソフィー、おまえが薬師になったのって」

 「うん。両親みたいな人を減らしたいからだよ。薬師から薬の処方を受ける権利はどんな人にも平等にある。この村に来たのは師匠に唆されたからだけど、みんなから必要とされている間は村を離れるつもりはないよ」

 「そうか。それを聞いて少し安心した」

 「ありがとね」

 「急になんだよ」

 「いつも店番してくれてありがと。これでも感謝してるんだよ?」

 素直な気持ちを口にするのがこんなに恥ずかしかったなんて思ってみなかった。すごくドキドキしていている。


 ――そろそろ邪魔しても構わないか?


 「二人とも、アタシが必死に潜って獲ってるというのに、なに良い感じになってるんだ」

 「ア、アリサさん⁉ いつからそこに?」

 「まったく、ソフィー殿っ! アタシ一人に獲らせて自分はエドと談笑とは見損なってしまったぞ」

 「ご、ごめんなさい」

 「オイスターモドキは袋に入れて水に浸してある。あとの処理はソフィー殿の仕事だ」

 「そ、そうですね」

 「それと、着替えるから出てもらえると助かるのだが?」

 「あ、ハイ。すぐ出ます」

 アリサさんの気迫に腰が低くなる私とエドはすぐさまテントから出る。エドはそのままオイスターモドキを茹でるために必要な薪を拾いに行くけど、私はテントを出たところでアリサさんに呼び止められました。もしかして私だけお説教ってパターンですか。

 「ソフィー殿」

 「は、はいっ」

 「ん? そんなにビクつくな。さっきの話だが――」

 「え?」

 「ソフィー殿はロベッジの出身だったのだな」

 「聞いてたんですね。そうです。生まれたのはロベッジです」

 「あの辺りのことは話で聞いている。見下すつもりはないがロベッジの出で薬師になるのは並大抵の努力では不可能だ」

 「そうですね。私もそう思います」

 「それを成し遂げたソフィー殿はご両親の誇りだ。いまは向こう側かもしれないが胸を張っているに違いない」

 「――ありがとうございます」

 「それから。アタシが採集にエドを連れて行くのは薬草の知識を深めたいとエドから頼まれたからなんだ」

 「そうなんですか?」

 「ああ。まぁ、なかなかの素人だが自分なりにソフィー殿の力になろうとしている」

 「そっか。そうだったんですね」

 今度、薬草の見分け方でも教えてあげようかな。まさかエドが陰でそんな努力をしていたなんて知らなかったよ。

 「二人の仲の良さは誰の目から見ても明らかだ。だからと言ってあまりこき使うのは良くないぞ」

 「わかってますよ。エドにも同じこと言われました。アリサさんを扱き使うなって」

 「ハハ。エドも同じ考えだったとはな。似た者同士ってやつだな」

 「そうかもしれませんね」

 「引き留めて悪かった。そろそろ着替えさせてくれ」

 「はい。茹でたオイスターモドキの身は使わないのでみんなで食べちゃいましょう。準備が出来たら呼びますね」

 「ああ。楽しみにしてるよ」

 オイスターモドキを食べたことはないけど、聞いた話だと茹でた身にレモンを絞って食べても、オリーブ油で煮込んでも美味しいらしい。美味しいご飯の為……じゃない。バートさんの為にもまずはアリサさんが獲ってくれたオイスターモドキを茹でますか。

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