第12話 テント

そして一週間後。薬局を空けるのは些か不安だけど、私たちは夏休みも兼ねたオイスターモドキ採集に出かけました。

 目的の湖は薬局の裏の林を抜けたところ。距離的には歩いても行ける範囲だけど、今回は村長さんの厚意で馬を借りることができました。

 「近くとは言え、馬を使うとやはり早く着くな。それにしてもソフィー殿が馬に乗れなかったとはびっくりだな」

 「王都では乗る必要がなかったので。練習したことないんですよ」

 「それは良いとして。ソフィー、どうやって獲るんだ」

 「潜って獲るに決まってるでしょ。そのために水着持ってきたんだよ」

 「どこで着替えるんだよ」

 「ふふーん。ちゃんと着てきたから大丈夫」

 「子供かよ」

 「スマン。アタシも着てきたんだ。着替える場所がないだろうと思って」

 「帰りは?」

 「……あっ」

 しまった。着替えのこと考えてなかった。アリサさんの表情をみるとどうやら私と同じらしいく、そんな私たちにエドは呆れ顔だけど乗ってきた馬からなにやら荷物を下ろしています。

 「バートさんとこから借りてきたテントがあるからそこで着替えてください。二人が潜ってる間に組み立てるんで」

 「じゃあ、私はエドの手伝いをしています。アリサさんは先に潜って採集をお願いします」

 「ソフィー殿は潜らないのか」

 「あとから潜りますから先にどうぞ」

 「わかった。それじゃ先に潜るとしよう」

 「え、ここで着替えるんですか⁉」

 「下に着ているのだから問題ないだろ?」

 「そうかもしれませんが……」

 アリサさんは恥ずかしがることなく服を脱ぎ始め、その堂々っぷりには少し驚きました。下は水着だしウチに拠点を置くまでは旅をしていたのだから慣れと言うのもあるだろけど、エドは目のやり場に困った様子でキョロキョロしています。

 「よしっ。それじゃ――エド、なに下向いてるのだ」

 「目のやり場に困った苦肉の策みたいですよ」

 「ジロジロ見られるのは困るが、見向きもされないのは女として少し複雑だな」

 「きっとスレンダーな方が好きなんですよ」

 「ソフィー殿、それは嫌味か?」

 「傷薬は持って来ていますが、素手で獲らないでくださいね。手を切る可能性がありますから」

 「話を逸らすな。心配ない。ちゃんと用意している」

 手袋をはめながら応えるアリサさんを見ているとさすが採集者さんと感心せざるを得ません。ちゃんとケガ対策の心得があるのだから。水着に手袋は組み合わせ的には変だけど。

 「それじゃ、ひと潜りしてくる」

 「はい。くれぐれも気を付けてくださいね」

 「その辺はちゃんと心得ている」

 気合十分と言ったところのアリサさんは勢いよく湖に飛び込み、少し泳いで岸から離れると大きく息を吸って湖の中へ潜っていきます。

 「それじゃ、私たちもテント組み立てよっか?」

 「おまえ、アリサさんに全部任せるつもりだろ」

 「そ、そんなことないよ?」

 「目を逸らすな。つーか、アリサさんをあんまりこき使うなよ」

 「じゃあ、エドはこき使って良いんだ」

 「なんでそうなるんだよっ」

 「冗談だって。さ、テント組み立てよ。どうやるの?」

 「知らないのに手伝う気だったのかよ」

 「アハハ……」

 だって組み立てたことないし、実はテント自体をほとんど見たことないんだよね。

 「とりあえず、ソフィーはそこにある幕体を敷いてくれ」

 「おっけー。これがテントになるの?」

 「なるの。まず、いまソフィーがいるところからペグを打つぞ」

 「ペグ? この大きな釘みたいなやつのこと?」

 「そうそう。テントから出てる紐を引っ掛けてから地面に打ち込む」

 エドに手解きを受けながらハンマーでペグとかいうやつを地面に打ち込む私。初めての経験に少し緊張しているのがわかります。

 「その調子で今度は反対側にペグを打つ」

 「反対側……ねぇ、エド?」

 「なんだ」

 「さっきから私しかしてない気がするんだけど」

 「はいはい。代われば良いんだろ」

 素直にハンマーを受け取るエドに少し驚いた。薬局だと一悶着あるのが普通なのに今日はなにも言わずに代わってくれます。

 「テント借りに行った時にバートさんから『嬢ちゃんたちにさせるな』って言われたからな」

 「そっかぁ」

 「なんだよ。その残念そうな反応は」

 「黙って代わってくれてたら少しは株が上がったのになって。残念だね」

 「うるせぇ。ソフィーこそもう少し可愛げがあればな」

 「惚れた?」

 「なんでそうなる」

 「流れ的にそうかなって。もう出来るの?」

 「中からポールを立てれば――こんな感じか?」

 「すごーい。ほんとにテントになった」

 「あとは張り縄で固定して完成だ」

 どうだと言わんばかりにドヤ顔を見せるエドに思わず感心してしまった。いや、感心と言うより正直に言って尊敬してしまう自分がいます。

 「な、なんだよ」

 「あ、えっと。エドのこと、見直しました」

 「そ、そうか。ハッキリ言われると照れるな」

 「とりあえず、使い心地確かめてみる?」

 「そうだな――は?」

 「中に入ってみようよ。私、テントって始めてなんだよ」

 「いや待て。二人で入るのはマズいだろ⁉」

 「えー。良いでしょ。ほら中広いよ。真ん中のポールが邪魔だけど十分いけるよ」

 嫌がるエドを無理やりテントへ引き込み、並んで座ってみるが広さ的に問題はなかった。これならアリサさんが入ってきても窮屈にはならなそうだ。これは貸してくれたバートさんの為にも頑張らないといけないね。

 「ねぇ、エド。なんでそんな端っこにいるのよ」

 「なんでって俺の自制心を保つため? つか、ずっとそんな感じだったのか」

 「ずっとって?」

 「薬師なんだから学校とか行ってたんだろ。だから――」

 そっか。孤児だったことだけじゃなくて私のこと、なにも話していなかったんだ。この間は言いそびれたけど、今日こそ全部打ち明けようかな。

 「学校とか行ってないよ。それどころか、孤児だったんだよね」

 「え?」

 「驚いた?」

 「驚いた」

 「少し、昔の話しても良いかな」

 私が過去に驚きを隠せないエドに私は師匠と出会う前、あまり思い出しくはないけど生まれ故郷の話を始めました。

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