第11話 約束
衝撃の告白にエデンは言葉もない。
思えば、アントレーネであった頃は正々堂々と異性に好きだと言ってもらえたことはない。素敵です、美しい、妖精のようだ、と賛辞を受け取ることはあっても、素直に好きだとか言われたことは一度もなかった。婚約者にしてもそうだ。愛しているだとか囁かれたことは皆無と言っていい。
政治的な繋がりの為の婚約だったが仲は良好でお互い大事に思っていたがそれまでだった。愛や恋というものとは違うもので結ばれていたのだ。
こうしてスカイから告白されて、それがどんな破壊力を持つものなのか身をもって知ってしまった。
「答えを急かすつもりはない。私も国の為にしなければならないことがあるから。私個人の意思よりも優先される目的のために、明日にはここを出発する」
「え」
「その前に、我が儘かもしれないが君に思いを伝えておきたかった。本当なら一緒に旅をして私の国へ来て欲しいと思っているのだと。もっと正直に言ってしまうと、君を今すぐ自分のものにしたいし、がんじがらめに私に縛りつけておきたい。そんなことまで思ってしまっているんだよ」
スカイは小さく吐息をついて、エデンから離れた。
「今まで女性とは距離を置いてきたのだが、君を見るとどうしてもそれができないでいる。本当に困ったものだ。使命の途中であるのに自分を律することもできないでいる」
エデンはスカイを見つめた。目を逸らさないことが彼への礼儀だと思い、一生懸命に見続ける。
「こんな私だが、君が私に対してどう思っているのかだけでも聞かせてくれると嬉しいのだが」
「どう……って、素敵だな、と思っているわ。それに約束したじゃない。私が守るって」
エデンが懸命に言うとスカイは破顔した。
「ああ、守るって、言ってくれたね。嬉しかったよ」
スカイは切ない想いを堪えるようにエデンを見ている。
「他には?」
「……許されるのならば、私もあなたと旅してみたいわ。あなたとなら、何も怖くないって思えるの。離れたくない」
エデンは言ってしまって、自分が本音を漏らしてしまったことに気がついた。
「そうか」
スカイは破顔してエデンをまた腕の中に収めた。
「恋や愛なんて夢物語だと思っていたよ。でも、相手を好きになると何を差し出しても相手が幸せになってくれるように願ってしまうものだね。いや、これは綺麗事だ。私は君を独り占めしたいと思うような狭量な男に過ぎない」
「スカイ」
エデンは顔を上げて彼を見上げた。
「明日ここを発つと言うけれど、今すぐに私は一緒に行けない。私をここにいられるようにしてくれた人たちに説明をして、そして許しを得なければいけないと思うから。今は無理でも、私、必ずあなたを探しに行くわ。あなたがどこを旅していても、必ず見つけるから。だから旅をしながら待っていて欲しいの」
「……エデン」
「あなたが使命を全うして国へ帰れるように祈っているけれど、旅をしている間はきっと私たち、一緒にいられると思うの。だから、お願い。待っていて」
エデンはひたむきな瞳をスカイに向ける。
「ああ、エデン。待っている。私の心は君のものだ。しかし、無闇に私を探すことはできないだろう?だから印を付けておいても構わないかな」
「印?」
エデンは不思議そうに問い返す。スカイはエデンの髪を一房取り、キスを落とす。
「私が君を見失わないように、そして君が私を探し出せるように」
「ええ」
エデンが即答するとスカイは微笑んだ。
「我が家に伝わる魔法でね。命を預ける相手に施すものなんだ。どこにいてもお互いの位置が分かる。と言っても、離れすぎると大体の位置しか分からないような完璧じゃない魔法だけれど。そして相手が危機に陥った時にはそれを知らせてくれる。真に施すときは、まあ、それなりの深い繋がりを求められる魔法だから、今は仮の魔法で我慢しないといけないが」
いや、本当にしても良いのだけれど。
ゴニョゴニョと言い訳しているように彼は口篭ったが、その優しい瞳をエデンに向けて、時々その中に野性の獣のような荒々しい一面を覗かせる。
彼の表情にドキドキしながらエデンはされるがままに唇を重ねた。
熱いものが体の中に流れ込んでくる感覚にエデンは快感を覚える。ぞわりと全身を貫く痺れにも似た感覚にエデンは体の力が抜けてしまう。がっしりしたスカイの腕に支えられ、唇を離した時には夢現にいるような気がして、ぼんやり彼の美しい顔を見ていた。
「これほどまでに相性が合うとは思わなかったよ」
スカイは顔を赤くして言った。
「この魔法は相性が良いほど強力な効果を示すものらしい」
「らしい?」
「ああ。私は初めてこれを使うから、どういうものか実は分からなかった。だが、こうも震えがくるほど素晴らしいものだとは想像していなかったから、その、できれば仮ではなく本当の魔法を施したい」
お互いにドギマギしながら手を取り合う。
「君が何の憂いもなく私に身を預けて良いと思ったら、その魔法をかけよう。今は、だから仮の契約の証が右手に浮き出るはずだ」
エデンは言われて右手を見た。ぼんやりと手の甲に何かの模様が光となって浮き出ている。
「我がエデルディン王家の紋章だよ。私が君に心を捧げている証だ」
エデンはそう言われて胸が熱くなる。その一方で不安も広がる。
「心配しないで」
彼女の懸念を悟ったようにスカイは微笑んで見せる。
「君を困らせる為のものではないし、私は君を幸せにするつもりだ。エデン、ひとときの別れを悲しいものにしたくない。微笑んでいてくれるかい」
スカイはエデンの頬を指先でなぞる。金色の入った青い瞳が切なげに揺れている。彼も不安なのだとエデンは思った。
「必ずあなたに会いに行くわ。あなたの行く先に、私がいる。だから待っていて」
エデンは彼の手に頬を預けて、その温もりを忘れないように心に刻む。
彼が探しているものが何かも知らない。彼がどんな思いで王国を離れたかも知らない。けれど、彼が真っ直ぐで彼女を裏切らない人であることは分かる。
「君を待っている」
「ええ、必ず、会いに行く」
エデンは何度も約束したのだった。
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