第8話 距離

 ちゃんと服を着ているスカイは紳士的で、礼儀正しい美貌の青年のままだった。朝食の準備を手伝ったり、マシューと世間話をしている姿は麗しかった。

 マシューたちは領主館の庭の花の入れ替えで、バタバタと出掛けて行った。それをスカイと見送って、エデンはそっと隣のスカイを見上げた。

 昨夜のことを夢かとも思ったエデンだったが、スカイの熱い視線に勝手に頬が赤くなる自分に舌打ちしたいくらいに恥ずかしくなっている。

 思えば、上半身裸の男性の腕の中にいた経験はこれまで生きてきた人生の中では初めての経験で、そして発作を手際良く落ち着かせ、安堵までさせてくれた人は彼が初めてだったのだ。

 必然的に彼が気になって仕方ない、ということになる。

 男慣れという言葉も浮かばないエデンに、手慣れた様子でスカイが顔を寄せてくる。

「エデン。昨日はよく眠れたかい?」

「ええ。ごめんなさい。お客様であるあなたの寝台を奪うことになってしまって」

 心底申し訳なさそうにエデンが言うと、彼はふっと笑った。

「構わないよ。それよりも君、とても早起きなんだね」

 彼が朝日が差すよりも早く目覚めた時には彼女はいなかった。窓から確認すると外で花の手入れをしている姿が見えたのだ。

「庭師は早起きが鉄則なんですって。お祖父様のお仕事を手伝う条件は早起きなのよ」

 エデンは誇らしげに言った。

「ふうん。偉いね」

 スカイが微笑む。

 えらいね。

 エデンは彼の言葉を脳内で繰り返す。

 生まれて初めて言われたかもしれない。

 彼女は頬を赤く染めて、彼を見上げた。

 思わぬ反応の彼女の様子にスカイが目を細める。

「君は本当に面白い人だね。見た目は人を寄せ付けない孤高の白百合のように大輪の美しい花を咲かせているのに、純粋で脆くて、目を離せない。私は百合を育てたことはないのだけど、きっと丁寧に育てなければ美しい花を咲かせないのだろうね?」

 スカイの言葉にエデンはどういう意味だろうと首を傾げる。

 王室において賛辞を受けるのは当然のことで、それを間に受けることもなければ、自慢することでもない。しかし、庭師の娘のエデンに対しての、この言葉は何を意味するのだろうか。

 美しいと言いながら、バカにしている?だが、そうでもなさそうだ。マシューへの賛辞だろうか、とエデンはぼんやり思った。

「ふふ、その顔は私に疑いを感じているのかな?そうだろうね。リュートを鳴らすだけの旅をする男が君に言い寄ろうとしている。警戒して当たり前だ」

「はい?」

 言い寄る、とはどう言うことだろうか、とエデンはますます首を傾げてしまう。

「エデン、もしかして分かっていないフリをしているのか?」

 スカイが益々顔を近付けてくる。エデンは素直に彼の美しい顔を綺麗だと思い、そして微笑んだ。

「あなたは本当に綺麗な人ね」

 褒め言葉には褒め言葉を。

 エデンは屈託のない笑顔で言い、スカイを動揺させた。

「……はあ。私はこの見た目だから常に女性とは距離を取って行動してきたつもりだよ。それに迂闊に声をかけたり、触れたりしない。常に、常に細心の注意を払って対応してきた。でも、君には、それができないでいる。それなのに、何も伝わっていないとか、あるのか、そんなことが」

 スカイの言葉の意味が全く分からず、エデンはすまなさそうにしている。

 ただ、彼が女性には注意して過ごしていると言うことは分かった。だから、昨日発作を治めるために親切にしてくれたことを隠したいのだと彼女は理解した。

「あなたは女性に誤解を与えないように過ごしていると言うことね。分かるわ。あなたは本当に美しいもの。あなたが微笑むだけでその気になってしまう女性は多いのでしょうね。それなのに、私ったら、抱きしめてもらって寝台まで奪ってしまったわ。でも安心して。決して変に誤解したりしないから。あなたは幼馴染という人と同じ問題を抱えている私に親切にしてくださっただけだもの。勘違いしないから。本当よ?あなたの親切に報いるようにするからね」

「いや、違うんだ。方向性が正反対に向いているよ、それ」

 スカイのうわ言のような言葉にエデンはしっかり頷いた。

「あなたを守るわ」

 エデンは自ら彼の手を握って約束する。

 彼女から誰かに触れることなどあり得ないと知らない彼は、ただ困ったように「ありがとう」と呟いたのだった。




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