第6話 サンクチュアリ

 ざーっという音と共に降り出した雨は止む気配を見せない。

 心配そうに窓の外を見たスカイにマシューが提案をする。

「こちらに滞在中はここに泊まって行ってくだせえ。贅沢なものは用意できないが、恩人に感謝の気持ちを表したい」

「いや、しかし、ご迷惑では」

「まさか!大歓迎ですよ」

 マルコが陽気に断言した。

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 スカイも打ち解けた様子で言い、こうして大宴会が始まったのだ。

 卓に並ぶたくさんの料理と様々な種類の酒、そして愉快な会話。

 エデンにとって本当に心から楽しめる時間は久しぶりのものだった。

 スカイが途中でリュートを取り出し、即興で音楽を奏でるとマルコが手拍子で太鼓の代わりをして参加し、マシューも口笛でご機嫌に調子っぱずれの音色を奏でる。するとアメリが乾燥豆を瓶に入れて簡易の打楽器を作り出して踊りながら音を曲に当てると、何とも素敵な音楽が家に響き渡る。

「エデン、君もどう?」

 スカイがリュートをかき鳴らして言うが、エデンに音楽の才能はない。残念に思いながら首を横に振るとスカイは微笑んで足を鳴らせと言う。見本のように彼が床に踵やつま先を打ちつけてリズムをつける。エデンも見よう見真似でやっていると全員が同じことをして大音響になってしまう。それが楽しくて、エデンは笑いっぱなしだ。

 夜更までどんちゃん騒ぎが続いて、名残惜しいままそれぞれの部屋に引き上げる時には雨も既に止んでいた。

 片付けを終えて入浴を済ませてからエデンが部屋に戻ると、窓からスカイがベンチで空を見上げているのが見えた。

 不思議に思って彼女も外に出てみると、満天の星空が迎えてくれる。

「うわあ」

 思わず声が出るとスカイがエデンに微笑みかける。

「綺麗だよね」

「本当。今まで夜空を見上げたことなんてなかったから、正直驚いているわ」

「勿体無いことしてたんだね。私はこれをサンクチュアリと呼んでいるんだ。自分だけの聖域だ」

 彼はもう一度星空を見上げる。

 エデンは彼の隣に座って同じように空を見上げる。

 惑わすような星の光やまばゆいばかりに輝く星たち、遠く手が届きそうにない小さな星の朧げな光、そして漆黒の宵闇がないまぜになって夜空に広がる。

「こんなにも世界は美しいのね」

 生きていて、良かった。

 エデンは素直にそう思った。怖い事は多い。それでも綺麗なものを綺麗だと言えるのは生きているからだ。

「あ、君の包帯、取れかけているよ。巻き直してあげる」

 スカイがエデンの足の怪我に巻いた包帯が取れているのを見つけて言った。

 彼は地面に片膝を付いて座り、自分の片方の足にエデンの怪我した足を乗せると丁寧に包帯を巻き直す。

 とてもじゃないが、エデンは美貌の青年が自分の足を手に持っている現実に耐えられそうにない。彼女は真っ赤な自分の顔が夜のせいで彼に分からないように祈る。

「ごめんなさい、汚れてしまうわ」

 地面についたスカイの服に雨のせいで湿った土が付いてしまっている。マシューが整備している土だからか、ぬかるまずに乾いてはいるものの、落ちない汚れになりそうだ。

「構わないよ。って、君、結構不器用だったりする?」

 可笑しそうにスカイは笑って包帯を巻き終えると土を払った。

 エデンは恥ずかしそうに俯く。今まで侍女が世話してくれていたから、服を着るのも紐を結ぶのも苦労している。

「不器用じゃなくて、細かい作業に向いていないだけよ」

 マシューの手伝いはちゃんとできるのだから。

「ふふ、案外負けず嫌いだね?」

 愉快そうにスカイは言って、天高く両の手を伸ばす。それからエデンを振り返った。

「さあ、家へ入ろう。君はもう眠るかい?」

「ええ。今日は本当にありがとう。助けてくれただけじゃなくて、素敵な時間をくれて」

「どういたしまして。私も楽しかった。こんな愉快な気持ちは久しぶりだった」

 お互いに微笑み合い、家の中に入るとお休みを言って別れた。

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