8
藍子は疲れてきた。だが、前に進まねば。前に進まなければ、自分が自分でいられなくなる。牢屋にいる自分よりは全然ましだ。
この先には日本では岩手県にあたる場所がある。だけど、ここは異世界だ。どこなんだろう。
「この先って、どんな所?」
「クチウって場所だよ。そっちの世界ではどんな所なの?」
クチウなのか。その先には何があるんだろう。どんな困難が待ち受けても、負けずに先に進もう。
「岩手だよ」
「そうなの」
ジームは感心した。だけどここはクチウだ。そっちの世界にも行ってみたいな。藍子と一緒に旅をしたいな。
「ああ。どうしてこうなったんだろう。ここって、どんな世界だろう」
「普通の世界だよ。私にとってはね」
ジームはこの世界が普通だと思っている。だけど、藍子には岩手県のある世界が普通なんだ。藍子は異世界の人間だ。ここの事は全くわからない。
「そうなのかな? 私にとっては別の世界だけど」
ジームは考えた。どうして藍子はこの世界に来たんだろう。藍子には全くわからない。藍子もその事に全く気付いていないようだ。ただ、牢屋にいて、裁判にかけられて、怪獣にされただけなのに。
「どうだろう。わからないな」
「何らかの力で、この世界に紛れ込んだのかもしれないね」
何らかの力で、この世界に迷い込んだんだろう。だけどそれは、この世界を救う運命を背負ってここにやって来たに違いない。だけど、娘を虐待死させた女がこんな運命を背負っているなんて。
「きっとそうだろう。私、こんな話、聞いた事あるんだ。ダークドラゴンを異世界からやって来た怪獣が救うって」
「えっ!? それって、まさか、私?」
藍子は驚いた。その怪獣って、自分? まさか、自分がそんな運命を背負ってここにやって来たとは。
「果たしてどうだろう」
「私、娘を虐待して死なせた罪で怪獣にされてしまったのに、まさかこんな使命を持っているとは。もしそうなら、世界を救う事で罪を償う事ができるかな?」
藍子は信じられないと思った。娘を虐待死させた自分が世界を救うなんて。神様はどうしてこんな私を指名したんだろう。ひょっとして、罪償いだろうか? 悪い事をしたから、世界を救って償えと言っているんだろうか?
「きっと償えるよ! 藍子さんは絶対に大丈夫! だって強いからね」
2人はその後も峠道を歩いていた。その先にはさらに坂道が続いている。どこまで続くんだろう。わからないけど、進まねば。
峠道はとても寂しい。車がほとんど通らない。とても静かだ。藍子は普通に生活していた頃を思い出した。だけど、そんな日々はもう戻ってこない。
数十分歩いて、峠の頂上にたどり着いた。峠には小さな休憩所らしき場所がある。2人はここで休んだ。辺りには小鳥のさえずりや虫の声しか聞こえない。見渡す限り山林が広がるばかりだ。昔からここには人が住んでいないようだ。
しばらく休んで、2人は再び歩き出した。ここからは下り坂だ。峠の先には、クチウがある。その先には何が待ち受けているんだろう。何が待ち受けようとも、私たちは北に向かわねば。この世界の未来がかかっているんだ。
その先にはつづら折りの道が続く。その先には雑木林しか広がっていない。どこまで行けばクチウにたどり着けるんだろう。全く見当がつかない。とても疲れてきた。
ふと、藍子は空を見上げた。気が付いたらもう夕方になっている。峠を越えるだけでもこんなにかかるとは。とても厳しい道のりだ。だけどぞれは、自分に与えられた試練だと思い始めた。自分がこれからもこの心で生きるべきなのか、心を捨てて怪獣として生きなければならないのか、この旅で決めるんだ。もちろん自分は、この心のままでいられるのがいい。また京子を抱けて、愛せる日々がいい。
道が平坦に、そしてまっすぐになる頃には、すでに日が暮れた。外はとても暗い。この辺りにも家屋はない。田園地帯だろうか? 無人の山林だろうか? 全くわからない。
歩いていると、街の明かりが見えてきた。見えるだけで、どうして疲れが取れるんだろう。もうすぐ目的にに着くと思うからだろうか? 辺りはまだ暗い田園地帯だが、きっとあと少しだ。頑張ろう。
2人はようやく宿場町にやって来た。ここにはそこそこ人がいる。おだやかな宿場町のようだ。2人はほっとした。やっと休めそうな場所にたどり着けた。これで今夜は安心だ。
「今日はここで寝よう」
「うん」
もう夜も遅い。2人は宿屋を探す事にした。この辺りにはいくつか旅館がある。部屋が空いている旅館はあるだろうか?
2人は駅前の旅館にやって来た。その旅館はかなり古そうだ。だが、そこそこ人は入っているようだ。
2人は旅館に入った。入口の近くのフロントには、若い女がいる。女将だろう。
「すいません、部屋、空いてますか?」
「空いてますよ」
藍子はほっとした。だが、若い女の視線が気になる。こんな姿だからだろう。仕方ない。しばらくの辛抱だ。自分が自分でなくなるか、ダークドラゴンを倒して元の人間に戻れるか、あと少しで決まるのだ。
若い女は部屋に案内した。若い女は笑みを浮かべている。お客様が入って、嬉しいようだ。
部屋に入った藍子は、外を見た。窓の向こうには美しい夜景が広がる。その先には、山々がある。思えばアズマからここにやって来た。長い道のりだけど、これからもっと険しい道が控えているだろう。だどけ、進み続けなければ。
辺りはもう暗い。だんだんと光が消えていく。そろそろみんな寝る時間だろうか? 自分もそろそろ寝よう。すでに女将は敷布団を開けている。その上ではジームが遊んでいる。こう見ていると、本当に自分の子供みたいだ。
「おやすみ」
「おやすみ」
ジームはすぐに布団に入った。本当にジームの寝顔は可愛い。本当にダークドラゴンの娘なんだろうかと疑ってしまう。
程なくして、藍子も横になり、寝入った。今日はどんな夢を見るんだろう。楽しみだな。
翌日、あと3日の事だ。それは突然の事だった。
「おい、起きろ!」
その声で、2人は目覚めた。何が起こったんだろう。目の前にはスーツにサングラスの男が何人かいる。
「えっ!? な、何?」
藍子は戸惑っている。朝早くからこんな人が来るなんて。
「起きろって言うんだ!」
突然、1人の男が藍子を引っ張った。そして、別の男がジームを捕まえた。藍子はそんなジームの様子をただ見る事しかできなかった。
「な、何をするの?」
「いいから来るんだ!」
男は藍子の話を全く聞こうとしない。そのまま、旅館の外に連れ出そうとするようだ。どうしてそんな事をするんだろうか? ひょっとして、私を妨害しているんだろうか? こいつもダークドラゴンの手先だろうか?
「やめて! 離して! 何なの?」
「何も言うな!」
そのまま、藍子とジームは車に乗せられた。だが、女将はみんな、じっと見ている。まるで、みんな2人の敵のように見える。2人ともその女将ににらみつけた。女将は笑みを浮かべている。まさか、こんな事を企んでいたとは。
車は旅館を離れ、都会的な場所にやって来た。恐らく中心部だろう。2人は不安になってきた。このままどこかに閉じ込められたままだろうか?
「こ、ここはどこだ?」
2人は彼らのと思われる家にやって来た。それはどこか、実家に似ている。
中を進んでいくと、牢屋が見えた。ここに閉じ込められるんだろうか?
「牢屋だ!」
「あと3日でダークドラゴンの所まで行かなければならないのに」
2人は牢屋に閉じ込められた。早くダークドラゴンの元に行かなければいけないのに。牢屋に閉じ込められるとは。
「困ったね。あいつもダークドラゴンに操られてるのかな?」
「きっとそうに違いない! 私の邪魔をする者はみんなそうに違いない!」
藍子は疑っていた。私たちを邪魔する者は、みんなダークドラゴンに操られているんだ。もう私は人間に戻るまで誰も信じない。
「どうやったら出られるんだろう。もうなすすべなしかな?」
「諦めないで!」
ジームは藍子を励ますしかできない。閉じ込められた状況で、何もできない。もしもドラゴンなら、人ッと尾で行けるのに。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「う、うん・・・」
藍子は牢屋から目の前の廊下を見て、絶望していた。このまま3日が経ち、心も怪獣になってしまうんだろうか?
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