6

 2人はその後も北に向かう。向かうにつれてバダイの街が小さくなっていき、田園地帯に入った。のどかな風景が広がる。それを見ていると、心が和む。どうしてだろう。


 2人は疲れていた。だが、自分を取り戻すために、そして何より、世界を救うために行かなければならない。それが自分に課せられた使命なのだから。


「ここまで来たのね」

「うん」


 藍子は振り返った。そこにはバダイの街が小さく見える。まだ昼下がりだ。今日はもっと進めるだろう。今日はもっと進められたらいいな。


 歩いていくうちに、田園地帯を抜け、坂道に入った。坂道はどこまでも続いているように見える。ここから峠道だろうか? 何度こんな峠道を行くんだろう。


 進んでいくと、時々車が通り過ぎていく。車には家族連れが乗っている。それを見て、藍子は京子との楽しかった日々を思い出した。できればあの頃に戻りたい。だけど、もう京子は帰ってこない。自分の手で殺してしまった。どうしてそんな事をしてしまったんだろう。


 その後も2人は坂道を進んでいった。辺りには雑木林が広がり、つづら折りが続く。振り向くと、バダイの街が見えない。ここまで遠く来たんだと感じた。だが、目的地はもっと先だ。進まなければ。


 だが、進めども進めども峠道が続く。どこまで続くんだろう。次第に2人は疲れてきて、肩を落として歩くようになってきた。明らかに疲れが出てきている。だが、それでも進まねば。


 お昼になって、峠の頂上にやって来た。峠の頂上には茶屋があり、何人かの人々が休んでいる。彼らの中にも家族がいる。それを見ると、藍子は泣いてしまう。やはり家族が恋しいのだろう。


 2人は展望台からの景色を眺めた。よく見ると、バダイの街が見える。ここまで高く登ったのか。そう思うと、ため息が出て、疲れた少し吹っ飛ぶ。


 一方、そんな藍子を人々は変な目で見ている。藍子が怪獣の姿だからと思われる。怪獣は恐ろしい、殺される、近づきたくない。全くそんな事はしないのに、藍子は警戒されているようだ。


 藍子はその視線が気になった。自分が憎いのだろう。虐待で娘を死なせた自分はこんな姿になるに等しい。やがて自分はそれにふさわしい性格になるだろう。いや、そうなってはいけない。自分を取り戻すために行くんだ。


 2人は茶屋で買ったおにぎりを食べている。その間もみんなの視線が集まっている。どうしてその怪獣は少女と歩いているんだろうか? 少女は怖くないんだろうか? 中には首をかしげ、不思議そうに見ている人もいる。


 昼下がり、2人は再び進み出した。ここからは下り坂だ。つづら折りの中、峠道を進んでいく。辺りは雑木林で、小鳥のさえずりが聞こえる。とても静かだ。


 時々、車が通り過ぎる。車の中はとても楽しそうだ。藍子はうらやましそうにそれを見ている。だが、車は何事もなかったかのように通り過ぎる。藍子の事を全く知らないかのようだ。これから世界を救おうとしているのに。


 2人は前を見て、ため息をついた。まだまだ街が見えない。いつになったら街にたどり着けるんだろう。


 2人はすぐに肩を落とし始めた。まだ疲れが残っているんだろうか? それとも、まだ街が見えないから辛いと思っているんだろうか?


 しばらく進んでいくと、街が見えてきた。リゼの地だ。もう辺りは暗い。今日はここのどこかで泊まって、明日に備えよう。


「今日はもう暗いから、ここで一休みしましょ?」

「うん」


 2人はメインストリートを歩いている。振り返る人々が、藍子を見て何かを思っている。きっと、怪獣の姿の藍子を不思議にお思っているんだろう。そして、怖く思っているんだろう。


 2人はここで休む事にした。辺りには多くの人がいて、賑やかだ。だが、多くの人は肩を落としている。そして、ボロボロの服を着ている。疲れているんだろうか? 藍子は彼らが可愛そうに見えた。


 しばらく歩いていると、旅館が見えてきた。旅館は古めかしく、もう100年以上も前からあるようだ。


 2人は旅館に入った。旅館の前にはフロントの男がいる。男は藍子を見て、何かを思い浮かべているように見える。まさか、藍子の姿を見て、驚いているんだろうか? 藍子はとても気になる。


「すいません、1泊2名でお願いします」

「かしこまりました」


 フロントはお辞儀をした。だが、フロントは藍子を見て、何かを考えている。やはり怪獣の見た目が気になったんだろう。そうなってしまった自分が恥ずかしい。藍子は自分を責めた。


 2人はここに泊まる事にした。泊まる部屋は2階にある。2人は階段を上がって2階に向かった。大きな体の藍子が階段を歩くだけで、階段がきしむ。壊れるんじゃないかと思うぐらいだ。フロントはそれを不安そうに見ている。崩れるかどうか心配なのだろう。


 2人は部屋に入り、くつろいだ。今日もかなり移動した。ここでゆっくり休んで、明日に備えよう。


 藍子は畳の上に横になった。かなり疲れているようだ。ジームは優しいまなざしでじっと見ている。まるで死んだ京子のようだ。どうしてそう感じるんだろう。そこにいるのはジームという別の少女なのに。




 と、ジームは何かを見つけた。そこには1人の男が倒れている。男は傷だらけで、服がボロボロだ。まさか、この男もいじめられているんだろうか?


「ん?」


 それを見て、ジームは部屋を飛び出した。疲れた藍子は寝そべってじっとしている。


 ジームは急いで階段を降り、旅館を出た。そこには男がいる。男はうつぶせで、ぐったりとしているが、まだ意識があるようだ。


「だ、大丈夫ですか?」


 ジームが話しかけると、男は顔を上げた。反応している。まだ意識はあるようだ。よかった。


「死にそうだよ」


 男は息を切らしている。とても疲れているようだ。


 ふと、ジームは手を見た。血が付いている。男は血まみれだ。大丈夫だろうか?


「大丈夫?」


 ジームは脱いだ服で傷口をふさいだ。男は少しほっとしている。出血が止まったからだ。


「あ、ありがとうございます」

「どうしてこんな事になったの?」


 と、ジームは気になった。どうしてこんなに傷だらけで、服がボロボロなんだろう。


「ここの炭鉱で厳しい強制労働をさせているアンディって奴に反抗したからだよ」

「そんな・・・」


 それを聞いて、ジームは思った。ここの人々はみんなそんな雰囲気だ。服がボロボロで、元気がない。ひょっとして、強制労働させられてこうなったんだろうか?


「ここの仕事、厳しいよ。毎日18時間も仕事をしろっていうんだよ」

「そんな・・・」


 1日18時間なんて。こんなにも仕事をしていたら耐えられないだろう。どうしてこんなにさせなければならないんだろうか? 交代で勤務すればいいのに。


 男は今日の労働で受けた日々の事を思い出している。忘れたくても、忘れられないようだ。




 男は今朝からこの近くの鉱山で労働させられていた。突然、男たちにさらわれ、ここでずっと労働させられる。本当はしたくないのに。


「おいおい、もっと働け! 働かないと飯抜きにするぞ!」


 この鉱山を牛耳っているアンディの怒鳴り声が聞こえる。働いている人々はみんな、怯えている。だが、抵抗せずに労働を続けている。アンディに抵抗したら、殺されると思っているからだ。そして、強制労働の中で、彼らは立ち向かう気力を失ってしまった。


 と、アンディは掘るのを止めている男を見つけた。それを見て、アンディの顔が引きずった。


「働かない奴はこうしてやる!」


 アンディは持っていた鞭で男を叩いた。男は痛がる。だが、アンディは叩くのをやめようとしない。


「痛い! やめて!」


 そして、男は抵抗した。だが、アンディは強くて、太刀打ちできない。あっという間に男は抑え込まれた。


「俺に抵抗する奴はみんなこうなるんだ! この野郎!」


 アンディは男を拳で殴った。男は顔にアザができた。それでもアンディは殴るのをやめようとしない。まるで快楽目的で殴っているようだ。


 と、別の男がやって来て、アンディに抵抗した。だが、その男も取り押さえられた。


「俺に抵抗するのか? ならこうしてやる!」


 そして、アンディはその男も無知で叩いた。その男も傷だらけだ。


「ギャー!」


 坑内に叫び声がこだまする。だが、アンディは全く聞こえないかのように暴力を与えている。




 その話を聞いて、ジームは言葉を失った。こんな事をされているとは。絶対に許せない。そしてジームは思った。アンディもダークドラゴンに取りつかれているんだろうか?


「それにこいつ、それで苦しんで死んでいく人間を見て、笑みを浮かべているんだ」


 男は仲間が死んでいく時に、アンディが笑っているのを見た。どうして悲しまないんだろうか? 普通、人が死ぬと悲しむだろう。笑う理由がわからない。ひょっとして、何か理由があるんだろう。


「人が死んでいくのを笑顔で見ているなんておかしいわね。きっと何かがあるはず。裏でダークドラゴンが操っているとか」

「その可能性もある・・・」


 男はダークドラゴンの事を知っていた。だが、ここにもダークドラゴンの手が伸びているかもしれないとは。もしそうだったら、早くやっつけてほしいな。


 と、1人の男がやって来た。旅館のフロントだ。傷だらけの男を心配してやって来たようだ。


「あー、あのアンディさんね」


 それを聞いて、2人は驚いた。アンディの事を知っているんだろうか?


「知ってるんですか?」

「はい、私の幼馴染です。幼い頃に、両親を殺されたとか」


 ジームは驚いた。そんな過去があったのか。だけど、それでどうして人に暴力を振るう事や、死ぬ事に快楽を覚えているんだろうか?


「そ、そんな過去があったのか」

「だから、人間が憎くて、死んでいくのを喜びだと思ってるらしい」


 フロントは、そんなアンディを避けていた。もし、近くにいたら殺されると思ったからだ。だが、彼の性癖は治らず、鉱山を牛耳るようになってからはその性癖がよく現れるようになったという。


「そんな・・・」


 男も驚いた。アンディにこんな過去があったなんて。だから暴力が好きになったのか。


「絶対に許せないわね。何とかしないと」

「そうね」


 と、ジームは思った。どうしてみんな立ち向かおうとしないんだろうか? 立ち向かわなければ、何も始まらないのに。


「どうして、みんな立ち向かおうとしないのかしら?」

「怖いからだよ」


 労働者はみんな、アンディに怯えていた。もし抵抗したら、殺されるだろう。殺されたくない。行きたい。それだけでアンディに抵抗していなかった。


「どうして逃げてるの? 怯えないで! 立ち向かったらどうなの?」


 ジームは顔を上げた。そこには藍子がいる。男は首をかしげた。怪獣なのに、どうしてこんなに優しいんだろう。まるで母のようだ。


「えっ!?」

「私、あと5日で心が怪獣になってしまうの。日に日に自分を失う事が多くなってきたけど、それを恐れずに立ち向かってるの。なのに、どうして、逃げてるの?」


 藍子の事情を知って、男は驚いた。こんな運命を背負っているとは。なのに僕は、どうしてアンディから逃げているんだろう。


「そ、それは・・・」


 藍子は男の手を両手で握った。男は藍子を見つめている。


「立ち向かって!」

「・・・、わ・・・、わかったよ・・・」


 言われるがままに、男はアンディに立ち向かう事にした。決行は明日だ。もう迷わない。必ずあいつを改心させてみせる。

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