2

 その夜、藍子は泣いていた。このまま、ここに閉じ込められたまま、身だけでなく心も怪獣になってしまうんだろうか? 死刑にだけはなりたくないと思ったが、この刑も辛いな。


 目を閉じて考えるのは、京子の事ばかりだ。もうあの頃には戻れない。


 突然、窓の外から赤いドラゴンがのぞいている。そのドラゴンは炎のように燃える羽を持っている。そのドラゴンはとても優しそうな目をしている。話したい事があるんだろうか? 藍子はドラゴンに近づいた。


「藍子さんですか?」


 ドラゴンは息を切らしている。長い距離を全速力で飛んできたようだ。藍子は驚いた。まさか、ドラゴンが人の言葉をしゃべるとは。


「は、はい」


 藍子は戸惑っている。初めて会うドラゴンなのに、どうして知っているんだろう。


「私はジーム、ドラゴンです。この呪いを解きたいですか?」

「はい」


 藍子は答えはもちろんだ。普通の人間に戻り、普通の生活がしたい。もう怪獣の姿で、心も怪獣になってしまうのは嫌だ。


「ならば、願いがあります。この世界は邪悪なダークドラゴンが牛耳っています。あなたの刑もダークドラゴンの考えで、呪ったのもダークドラゴンです」

「そんな・・・」


 藍子は目を疑った。こんな奴がいるなんて。本物のドラゴンだろうか? この世界にドラゴンがいるなんて。きっとこれは覚めない夢なんだ。


「そこで藍子さん、ダークドラゴンをあなたの力で倒してください」


 ジームの目は真剣だ。このままでは自分が死んでしまうと思っているんだろうか?


「わ・・・、わかりました!」


 戸惑いつつ、藍子はその願いを受ける事にした。ひょっとしたら、自分にかけられた呪いが解けるかもしれない。協力して損はない。


「それじゃあ、行きましょ!」


 それと共に、ジームは体当たりして、壁に大きな穴をあけた。藍子は驚いた。ジームにこんな力があるとは。


 壁が崩れると、すぐに警報が鳴った。どうやら壁を崩すと警報が鳴るようだ。それを聞いて、周りが騒がしくなった。


「逃げたぞ!」


 藍子はすぐにジームの背中に乗った。早く逃げないと、ジームともども捕まってしまう。


 藍子が逃げてすぐ、看守がやって来た。だが、藍子はいない。一体どこに行ったんだろう。


「くそっ、どこに行った?」


 看守は拳を握り締めた。囚人を逃がしてしまうとは。絶対に許せない事だ。


 その頃ジームは、刑務所の近くの森の中を飛んでいた。ここを飛んでいたら見つからないだろう。できる限り早くここから離れよう。


 だが、しばらく飛んでいると、看守と出会ってしまった。看守はすぐに気づき、叫んだ。


「見つけたぞ!」


 その声とともに、多くの看守がやって来た。まさか見つかってしまうとは。何が何でも早く逃げないと。


「捕らえろ!」


 ジームは空高く飛び上がった。ものすごい勢いで、看守は呆然としている。これで何とか逃げ切る事ができた。後はダークドラゴンの元に向かうだけだ。


 藍子はジームの背中から東京を見下ろした。今日も東京の夜景は美しい。何度見ても見とれる。昔はこんな夜景を普通に見る事ができた。だけど、逮捕されてから全く見る事ができなくなってしまった。それは全部自分のせいだ。あんな事さえしていなければ、今日のような夜景がいつものように見る事ができたのに。


「東京の夜景はいつ見ても美しいね!」


 その時、ジームの表情が変わった。信じられないような表情だ。


「えっ、東京? ここはヒガシという場所だよ!」


 ジームは東京という場所を知らなかった。ここは昔から、ヒガシという場所だと聞いている。東京って、行ったどこだろう。ジームは首をかしげた。


「えっ、そうなの?」


 藍子は驚いた。ここは東京じゃないの? どう見てもここは東京だよ。ジームは何を言っているんだろう。


「というか、東京って、どこ?」


 その時、大量の黒いドラゴンが襲い掛かってきた。一体誰だろう。藍子は首をかしげた。


 一方、ジームは焦っている。あの黒いドラゴン達は、ダークドラゴンの部下だ。逃げ出したジームを追いかけてきたんだろう。


「見つけたぞ! 撃ち落とせ!」


 それと共に、ドラゴン達は氷の息を吐いた。ジームはそれをよけるように飛び始めた。藍子は背中にしっかりとつかまり、落ちないようにしている。


 だが、氷の息がジームの羽に当たった。それと共に、羽は傷つき、藍子とジームは落下し始めた。


「キャー!」


 ジームは痛がっている。当たらないようによけてきたが、よける事ができなかった。飛んでダークドラゴンの所まで行きたかったのに。


「ジームー!」


 藍子とジームは雑木林の中に落ちた。木々に引っ掛かり、死ぬ事はなかったが、ジームの羽は傷ついて、飛ぶ事ができない。ひとっ飛びでダークドラゴンの元に行こうと思っていたのに、こんな事になるなんて。


 2人は意識を取り戻した。気が付くと雑木林の中だ。黒いドラゴンの襲撃を受けた所までは記憶している。この後はどうなったか記憶していない。


「くそっ、こんな事になるなんて」


 藍子は悔しがった。呪いを解くために向かったのに。出発した直後にこんな事になるなんて。


「結局、徒歩で向かうしかないわね」


 人の姿に戻ったジームはため息をついた。自分の飛ぶ力を生かせないとは。


「とにかく進みましょ? 私に与えられた時間はわずかしかないもの」

「そうね」


 結局、2人は歩いて向かう事になった。本当にダークドラゴンの所に迎えるんだろうか? 藍子はとても不安になった。


 夜道を2人は歩き続けた。いつしか都会は過ぎ、静かな田園風景の中を行く。たまに人が通る。だが、怪獣の姿の藍子を見て何とも思わない。怪獣を見て驚かない。どうしてだろう。普通、この世界に怪獣がいたら驚くだろう。


 歩き始めて数時間、夜が明けてきた。だが、藍子の顔は晴れない。朝が来たという事は自分が自分でいられるのはあと6日しかない、自分でなくなる日がまた近づいたという事を意味している。ダークドラゴンを倒して、それを何とか阻止しないと。


 藍子は横を向いた。人の姿に戻ったジームは泣いている。どうしたんだろう。


「ジーム、大丈夫?」


 藍子はジームの頭を撫でた。早く泣き止んでほしい。そしてまた前を向いて歩いてほしい。


「飛べなくなっちゃった」


 ジームは襲撃された時、呪いをかけられて、ドラゴンになる事ができなくなってしまった。このままではダークドラゴンの所まで早くたどり着けない。藍子が心まで怪獣になってしまうまで間に合わない。それまでに行かなければ。


「いいよ、私がダークドラゴンの所に連れて行くからね」


 藍子はジームの肩を握った。必ず、自分の意識がある間に、ダークドラゴンの所に連れてってやる。


「ありがとう」


 藍子は決意した。この子のためにダークドラゴンの所に連れて行かなければ。そして、自分にかけられた呪いを解くためにダークドラゴンを倒さねば。これは自分のためだけではなく、ジームのためでもある。

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