第46話 新興国の下剋上

2026年現在

全財産402兆6000億円

年間配当金8兆7000億円

現金8兆7000億円









この年、M&Sの株価は上昇を始めた。デバイス内コミュニティの個人投資家が株を買っていたからだ。




< 皆、株は売るなよ!売ったらそれをアメリカが買うからな!


< 俺は800株買ったぜ!


< 私は253株、旦那は650株よ


< 政府の好きにさせるな!


< 微力ながら、中国投資家も協力しよう


< M&Sは好きじゃないが、アメリカが強くなるのはもっと嫌なんでね


< 中国13億人の力、思い知れ!




株価が上昇すれば、拒否権を発動するために必要な1/3の株式を保有することが難しくなる。



さらに、俺が筆頭株主を務めるモリタから3.7兆円、ガンマ航空から1.3兆円、ユニックスヘルスから2.2兆円、コクコーラから2.8兆円、マルドナルドから4.0兆円、ユニオンアトランティックから3.1兆円、S&Tグローバルから3.9兆円、合計21兆円分の株式を買い付けた。


その上、俺が8.7兆円を投入。今の俺が出せる全財産だ。






上半期が終わる6月30日。


アメリカ政府系ファンドのSWFがまたしても50兆円の巨額買い付けを行なった。



ただ、株価が上昇しているせいで取得株式数は以前よりも少なくなった。



しかし、7社の保有現金も底を突きそうだった。筆頭株主の俺ですら、これ以上強引にM&S社の株を買わせることは難しい。無い袖は振れない。



マルドナルド、コクコーラに至っては内部留保が無くなり、連続増配年数がついにストップしてしまうほどだった。





そこで俺は、ある人物に助けを求めた。



ガブリエリ・バーナック



2024年から新しくチリの大統領となった人間だ。弱冠36歳の彼の政治手腕は非常に高く、インドと並んでチリをグローバルサウスの2大盟主にまで引き上げた傑物だ。




俺は、彼に面会した。ソシエダートチリとバンコチリの大株主である俺は、大統領と面会する権利があった。




「大統領、この度は面会の機会をいただき、ありがとうございます。」



「礼は結構ですよ。あなたは我が国の基幹産業たるソシエダートチリの大株主なので」



「滅相もありません。ですが、大統領にある協力をお願いしたく参りました。」



「協力とは?」



「はい。それは、M&S社の"実質的な買収"でございます。」



「な、なんと、あのM&Sを買収しようと言うのか!」



冷静沈着なガブリエリ大統領が珍しく取り乱した。無理もない。世界第二位の経済大国に復活した日本の上場企業3152社全てを合わせた時価総額ですら、M&Sたった1社に及ばない。


そんな超巨大企業の実質的買収。それを20年前まで汚職と戦争が絶えなかった未成熟の国がやろうというのだ。



「はい。冗談ではございません。現在、M&S社の筆頭株主はアメリカ政府系ファンドになっており、私は第二位に甘んじております。ですが、私と、私の意向で株を購入した企業群、さらに私の盟友アレックス、そしてチリ政府が連合すれば、アメリカ政府に対抗できます!」



「我々が、アメリカ政府に対抗する。なるほど。では、我々がアメリカ政府を敵に回すリスクを背負ってもなおM&Sの株式を保有するメリットを教えてくれ。」



「まず、M&S関連企業のチリ誘致が可能になります。それら関連企業群が工場を建設すれば雇用が発生します。雇用が発生すれば税収も安定し、国は豊かになるでしょう。現在、チリの産業の約8割が銅や石油石炭といった天然資源です。もしM&S関連企業群を誘致できれば国内産業を資源以外に分散でき、より強固にすることができるでしょう。」



「確かにその通りだ。」



「そしてこれは、相対的な理由ですが。アメリカの戦力の大幅な削減を見込めます。」



「どういうことだ?」



「そもそもアメリカ政府がM&S株の保有割合を増やしているのは魔導軍需産業を復活させるためです。再び世界最強の魔導軍団を組織して、どの国にも負けない圧倒的な戦力を保有するためなのです。20世紀初頭、南米はアメリカに魔力制圧された歴史があります。チリだって例外ではありませんでした。正確な数字は未だわかっていませんが、チリの人口が半減するほどの戦死者が出たと言われています。あの悲惨な歴史を繰り返させないためにも、我々が連合して、アメリカ政府によるM&S支配に拒否権を行使できれば、南米諸国とチリの国をアメリカの脅威から守ることになるです。」



「なるほど。。少し考えさせてくれ。3ヶ月以内に答えを出そう。」








正直なところ、望みは薄いだろう。新興国のチリがアメリカ政府を敵に回してまで個人投資家の俺に協力してくれるはずがない。


その時は時間をかけて配当金で株を買えば良い。



来年、また買えば良い。アメリカ政府だってそんな簡単に資金を捻出できるはずが・・・




「オーナー!」


アレックスからだった。



「大変、SWFが今度は70兆円分の注文を入れたの!」


「なんだって?!6月に50兆円分購入したばかりじゃないか!」


「すでにSWFの保有割合は15%に到達したわ。このままじゃ、来年には1/3を超えちゃう!」


「あ、焦るな。今の俺たちの保有割合は?」


「17%よ。」


「ほぼ、互角か。。」





2ヶ月後、SWFがさらに90兆円もの資金を投入してきた。これでSWFの保有割合は19%になった。


ついに、俺たちの保有割合を超えられた。



俺とアレックスは買われていく株を見ることしかできなかった。


世界1位と世界2位の大富豪、そして世界中の個人投資家が力を合わせても、世界最強国家の資金力には敵わないのか。










それからさらに1ヶ月が経過した頃、アレックスから連絡が入った。



「オーナー。今、株価チャート見れる?」


「ああ、ちょっと待って。な、なんだこれ!めちゃめちゃ上がってるじゃないか!」


「個人投資家の協力とSWFの膨大な資金流入で今年はすでに30%も株が上昇していたのに、ここ数日でさらに15%も上がってるのよ。」


「一体、何が起きてるんだ?」




「待って!ある一つの機関が強烈な買い注文を入れてるわ!えっと、名前は、、バンコ・デ・クレディ?どこの機関?」


「バンコ・デ・クレディ。。もしかして!」


「チリ政府系投資銀行?なんでチリ政府が?」


「ガブリエリ大統領だ。いったいいくら買ってるんだ?」


「えっと、、、40兆円かな?ん??」


「どうした、アレックス。」


「40兆円じゃないわ・・・!400兆円よ・・・!」


「よ、400兆円?!」


「株式の買い付けが完了すれば、チリ政府の保有割合はおよそ17%。私たちの株式と合わせれば34%になるわ!!1/3を超える!SWFに勝ったんだわ!」





俺のM&Sデバイスに、ガブリエリ大統領からメッセージが届いた。


「元老院を説得するのに時間がかかって、決断が遅くなってしまいました。我々チリ政府はあなたたちに協力します。目には目を、歯には歯を、国家には国家の資金で対抗します。」



この年、ソシエダートチリとバンコチリの配当金が無配に転落。チリ政府の財源も底をついたそうだ。


後になって知ったのだが、ガブリエリ大統領は元老院の議員全員に深く頭を下げ、賛成の約束を取り付けた。それでも頑なに反対する議員には人事権をチラつかせ強制的に従わせた。その強い意志に、ついに元老院は賛成多数でM&S社の株式購入を認めた。






それからアメリカ政府によるこれ以上の介入は行われなかった。それどころか、SWFは保有していたM&Sの株を少しずつ、売却し始めたのだ。



アメリカ政府はM&S社の経営を支配することをついに諦めた。



俺たちの勝利だ。





ほどなくして、M&Sとソシエダートチリの業務提携が締結された。資源採掘企業と業務提携したことでM&Sデバイスの利益率が向上。結果的にM&Sは翌年最高益を更新することになった。



同年、アレックスCEOは協力してくれた個人投資家のみんなのため、1株あたり800円の特別配当を発表。その年の1株あたりの配当50円と合わせて合計850円が全ての投資家に支払われた。



また、M&Sは筆頭株主となったチリ政府のために、チリ国内に工場を建設。多くのチリ国民を雇い、雇用を生んだ。



時価総額2000兆円を超える企業と、その関連企業を誘致したことで南米の新興国だったチリは世界最大の工業国として大発展を遂げ、2030年度には日本を抜いて世界第2位の経済大国に成長することになる。









危機は去った。


やった。これで終わりだ。








『ニュース速報です。M&S社CEOであるアレックス・ウッド氏の身柄を拘束。現在取り調べ中です。』

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