第40話 未だ帰らず


2021年現在

全財産193兆5000億円

年間配当金4兆2000億円

現金11兆1000億円





俺は少年から事の顛末を聞いた。




未帰は俺と話した後、ミサキと合流。俺から20万円貰ったことを話した。



ミサキはその後、リクとケントにその事を話す。



それを聞いたリクとケントは未帰に「お金を貸してほしい」と持ちかけ、20万円全てを持ち逃げ。



その後、親友だと思っていたリク、ケント、ミサキの3人と連絡が付かなくなった未帰は程なくして飛び降り自殺。





「だからさ、ミキが死んだのはおじさんのせいじゃないよ。"ここ"ではこういうことはよくあるんだ。気にしないで!」





"気にしないで"か。



この少年に悪意は無い。むしろ、俺に対する励ましの言葉のつもりなんだろう。







未帰は確かに、仲間とお金を分け合うと言っていた。元々、未帰はお金を独り占めするつもりなんか無かったんだ。



だが、売春10回分に相当する大金がリクとケントを惑わせたんだろう。



『奪ってしまえ』



それが未帰にどんな影響を与えるかなんて、彼らは考えもしなかったんじゃないだろうか。むしろ20万円を使ってどんな楽しい事ができるか、"前向きな想像"で頭がいっぱいだったのかもしれない。



だが、未帰と少し話しただけの関係だけど、俺にはわかる。お金を奪われた事が悲しかったんじゃない。親友だと思って心の拠り所にしていた彼らに裏切られたこと。連絡先をブロックされたこと。


にとって、死ぬには十分な理由だ。



学校で居場所を無くし、大好きな母親から死んでくれと言われ、自分が必要とし必要とされていると思った仲間に捨てられた。



もう、自分が生きることを許す理由が無くなった。



『消去法で選ばれた死』



遺書も無い。

生きた痕跡も無い。

「未帰」という名前を覚えている人もいない。

悲しむ人も、いない。





「虚しい時はどういう感情になれば良いんだよ。。」


俺は、言い表せない虚無感に襲われていた。







気がついたら家に着いていた。いつも通りの家のはずだが、今日は特に静かだ。



うちの壁紙ってこんなに色褪せてたっけ?



俺は長い廊下を歩いて自室に入って、特注の500インチのテレビをつけてソファーに座った。





テレビに映ったのはデモ隊に関するニュース速報だった。



「国会の前では10万人の人々が、政府に対し税金の引き下げと現金給付を求めてデモ活動をしています!」



日本でこんなデモ活動が起きるなんて珍しいな。



「一方、別のデモ隊が生活保護と障害年金の撤廃を叫んでおります!こちらも大人数です!」



俺はここで起きている背景を瞬時に理解した。




この問題の本質は「格差」だ。


親の格差、環境の格差、収入の格差、学歴の格差、情報の格差。あらゆる格差が掛け算されて社会全体に歪みを生んでいる。




富む者がより富む資本主義経済において、情報の格差は致命的だ。



例えば為替。


現在の日銀の政策金利は0%だ。一方、アメリカの政策金利は5.25%。お金は金利が低いところから高いところに流れていくため円は売られ、ドルが買われる。結果的に円安となる。


資源が少ない日本では食糧品の大部分を輸入に頼っている。円の価値が低くなると輸入品は高くなり、家計を圧迫する。


だから日本の政策金利が引き下げられたということは、早いうちに円から別の資産に移さなければならない。


だが、情報を持たない人はここでお金を失う。しかも失ったことにも気がつかない。





例えば複利。


現在の日本では約20%の人に借金がある。借金には当然利息が発生する。その利息は複利で増えていく。せっかく働いて稼いだお金が複利の力で吸い取られてしまう。


借金だけではない。クレジットカードのリボ払いも同じだ。リボ払いは買い物に使った金額を毎月定額ずつ支払えば良いという制度なのだが、元本には当然利息が付き、その利息は複利で増えていく。気がついた時には利息が元本を超えているなんてこともある。


それに対して、俺のような投資家は複利で資産が増えていく。ある人間が毎月利息を支払っている一方で、ある人間は毎月配当金を受け取っているのだ。





例えば社会保障制度。


育児に家事に仕事に、気力と体力を削って働いているシングルマザーの中には、「母子家庭制度」を知らない人がいる。


鬱や病気で働けない人の中には「障害年金」を受給する資格があるのに、それを知らない人がいる。


生活に困窮した人の中には「生活保護」という制度を知らない人がいる。


ブラック労働で精神を消耗している人の中には、「傷病手当金」を知らない人がいる。


年金は受け取れないものと考えて年金を納めず、老後に困窮する人がいる。


給与明細に書いてある雇用保険、厚生年金、健康保険が何のためにあって、何に使われているのか知らない人がいる。


助かる制度があるのに、その制度を知らないせいで困窮する人が大勢いる。






そういう不幸の本質は、知識格差だ。



俺はたまたま経済の仕組みを少しだけ理解していたから、金持ちになってしまった。



円高の時にドル資産を持ち、株式と債券を保有し、複利の力を味方につける。いざという時も社会保障制度があることも確認しておく。



そうやって知識を身につけ、自分で自分を守れる人間と、知識が無く無防備な人間。



格差が広がって当然じゃないか。





それが資本主義経済の論理であり、正義だ。





『未帰にも同じことが言えるか?』


「何だよ俺。デバイスを起動した覚えはないぞ」


『俺はお前が必要になった時に出てくる』


「なぁ俺。お前がいたら未帰は救えたか?」


『・・・どうだろうな。救えなかったかもしれない。俺に助けを求めるかどうかは相手次第たからな。』


「でも不幸の数は減らせるか?」


『ベンサムかよ。まぁ、不幸の絶対数は減るだろうな。』


「そうか。わかった。」

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