第21話 M&Sショック


1988年時点

全財産1853億5500万円

年間配当金8億4000万円





カリフォルニア森林火災の事件は連日報道された。


出火原因は判っていなかったが、死者数は増加の一途を辿った。


そんな中、M&S社は魔法を駆使した人命救助に乗り出していた。





・・・だが、ここでとんでもないニュースが流れた。


「カリフォルニア森林火災の出火原因は、M&S社のデバイスによる放火の疑いが浮上しました」





それから、テレビや新聞では根も葉もない噂から憶測が流れた。


「M&S社は宣伝のためにわざと放火した。人命救助しているように見せて実際は息の根を止めている」


「森林内部で人体実験をしていて、それを隠蔽するために放火した」


「人が扱いきれない魔法を使わせて、再び戦争の時代に戻そうとしている」





テレビのコメンテーターはこのように解説した。


「M&S社は元々、魔導軍需産業バイオレンスマジックだったんです。世界で唯一の魔法を軍事に利用する研究機関です。暴力的魔法という名前が恐ろしいですよね。そこで悪いイメージを変えるために社名を変えたんです。しかし中身は一緒です。非常に危険な企業ですよここは。」





なんだこのデタラメな主張は!


こんなの、でっちあげの妄想だ!


何も知らないくせに!無責任にデマを流しやがって!



俺は悔しかった。悔しくてテレビを消した。


「ちょっと散歩にでも出掛けて、頭を冷やそう。胸糞悪い。」



散歩をしていると、出来たばかりのの街頭テレビにアレックスが映し出されていた。


アレックスCEOの公式記者会見のようだった。





「えー、我々M&S社は事実を確認中です。事実に基づいて判断いたします。また、根も葉もない噂や、事実に基づかない憶測を信じないでください。」



その通りだ。信じるなよ、みんな。

騙されるなよ。








「クソ女!」



「詐欺師!」



「人殺し!」




街頭テレビの周りで人々が騒ぎ始めた。


アレックスを擁護する人は誰もいなかった。


何か叩けそうなことがあれば、なんであれ、事実がどうであれ、徹底的に追い詰める。


未来のことなんて考えない。事実も確認しない。


噂や憶測を根拠にした"正義"の名の下に、心ゆくまで叩き潰す。





吐き気がした。

株価が下がって俺の資産が減ることよりも、好きな企業がボロクソに言われているのが許せなかった。



わかっているのか?お前ら。

もしこのせいでM&Sが潰れたら、未来はずっと暗いままなんだぞ。


自殺者数もいじめも犯罪も再び増えていく。給与は下がり続けるし、少子化が加速して年金受給額も減っていく。


良いのか?愚かな民よ。


日本人の荒んだ心を癒したのは何だ?

いじめが少なくなったのは何故だ?



もう忘れたのか?



有り難かってM&Sデバイスを使っていた人間と、今罵声を浴びせている人間。この2人は時間軸が異なる同一人物だ。







迷惑だとは思いつつも、どうしても俺はアレックスを励ましたかった。


「アレックス、聞こえるか?俺だ。」


「・・・。今、ちょっと忙しいの。」


「知ってる、だからもう切る。だけど、俺の想いだけ知っておいてほしいんだ。アレックスと意識の共有をしたい。」


「わかった。あ、それ記憶の共有だけど、ね、聞こえてる?間違えてるよ?」




・・・・


「・・・ありがとう。気持ちは伝わったわ。それと、、、、その、、、こんなことになっちゃって本当にごめんね。あなたの期待を裏切って。」


「それは大丈夫。自分で乗り切るさ。」








その日、M&Sの株価は暴落した。


あまりにも投げ売りされて、取引が一時停止されることになった。



米国株式史上始まって以来の緊急措置「サーキットブレーカー」が発動したのだ。



今までアメリカ経済を牽引してきたリーダー企業だったM&Sが崩れると、他の名だたる巨大米国企業たちも総崩れとなった。


コクコーラは-18%

マルドナルドは-24%

ジョンアンドジョンは-20%

ウィルマートは-16%

モンガルスタンリーは-38%

JPモンガルは-36%

ウィルグリーンは-27%

ユニックスヘルスは-14%



優良企業30社で構成されるNYダウはその日1日だけで−22%を記録した。1日の下落幅としては1929年の魔道国家世界大恐慌を超えて、史上最大となった。




日本企業も例外ではなかった。



株価が立ち直りかけていたモリタは-18%、中島屋は-21%


下落が止まらなかった八川中央銀行と四菱はストップ安になってしまった。




1988年10月17日

世界同時株安となったこの事件は、のちに「M&Sショック」と呼ばれた。

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