第20話 死亡事故
1988年時点
全財産1853億5500万円
年間配当金8億4000万円
1988年3月
M&Sデバイスに簡易魔法をダウンロードして、誰でも魔法が使えるようになった。
・疲れを回復させて24時間働く人
・複数の家事を同時にこなす主婦
・介護や育児に使う人
魔法には日常生活を一変させる力があった。
また、第二世代M&Sデバイスの『感覚の共有』は教育現場にある変革をもたらしていた。
「いじめ被害者の意識共有」だ。
いじめによって不登校になった子どもたちは全国で32万人に登る。これは全児童の40人に1人という割合で、クラスに1人は不登校の子供がいるという計算になる。
いじめ発生件数や不登校児童数は年々増加の一途を辿っていた。
また、いじめ加害者が次の標的にされることもあり、教育現場ではこの複雑な問題に全く対処できていなかった。
そこで、ある私立学校の取り組みがテレビで紹介された。それは、「第二世代M&Sデバイスを使って、不登校児童の記憶と感覚を全校生徒で共有する」という試みだった。
共有の途中、多くの生徒が体調を崩してしまった。このことが世間では賛否両論を巻き起こした。
「いじめに関わりのない生徒には必要無いだろ!」
「子どもにいじめを体験させるなんてあまりにも残酷すぎる」
「親にも体験を共有させるべきだ」
「少なくともいじめの加害者は罰を受ける義務がある」
教育評論家の小野直樹氏はこの新しい取り組みを専門家の立場からこのように評価した。
「被害児童が受けたいじめの記憶、その時の感情、全身で感じる無力感と孤独感、その全てを一度に共有するのは子供たちの負担が重過ぎます。ですが、まずはいじめられた記憶を少しずつ共有していき、被害者児童が受けた感情を全校生徒が想像していくという作業であれば相手を思いやれる優しい子に育つと思われます。教育現場は裁判所ではありません。いじめた生徒を炙り出して、断罪する場ではありません。いじめた生徒も、いじめられた生徒も、いじめを見ていた生徒も、いじめを知らなかった生徒も、先生も、親も、皆が共に学んでいく場なのです。私はこの取り組みを全国で行うべきだと考えます。」
文部科学省も第二世代M&Sデバイスの導入に補助金を出すことを約束した。
専門家や省庁の後押しもあり、私立学校だけでなく、次第に公立学校もこの取り組みを導入しはじめた。結果として、この年を境に徐々にいじめ発生件数は低下していくことになる。
魔法×テクノロジーが不可能だと思われた教育問題に、解決の糸口を与えたのだ。
特に、人々のメンタルへの影響が大きかった。
例えば、パワハラやセクハラなどのハラスメントは立場や性の違いなどから理解されにくかったのだが、この感覚の共有によって加害者側は身をもってその恐怖と苦痛を体感することができた。
女性が感じる男性からの視線の恐怖などは体験してみないと理解できない。
また、ASDやアスペルガー症候群、学習障害といった少数の発達障害者への理解や配慮も深まっていく。
「辛いのに気持ちを言語化できない」
「伝えたいのにうまく説明できない」
「説明しているのに誤解される」
「声を上げる勇気が出ない」
こういった社会的弱者の救世主となったのが、第二世代M&Sデバイスだった。
障害者や社会的弱者への過度な優遇ではなく、人々が自発的に理解と配慮を始めた。
「障害者だからって天狗になりやがって」
「生活保護受給者のくせに贅沢しやがって」
「働かないくせに女は文句ばかり言いやがって」
「男は仕事だけやって何にも手伝わない」
こういった悲しい誤解は少なくなった。
その効果はデータでも表れた。
1988年
年間自殺者数 4.3万人 (前年比-9.4万人)
年間離婚件数 19.1万件(前年比-8.5万件)
いじめ発生件数 33.8万件(前年比-23.2万件)
犯罪認知件数 65.2万件(前年比-8.6万件)
こういった事実はテレビでは全くニュースになっていなかったが、俺はデータを必ずチェックしていた。
とりわけ、いじめ発生件数と年間自殺者数の減少率は素晴らしかった。
悲観的な今の日本に、最も必要な物をアレックスは作ってくれたんだと感じた。
しかし日本経済は良くならない。いじめが減っても、自殺者が減っても、犯罪が減っても、それらは企業の利益には影響が無いからだ。
投資家という連中は、もしかしたらどこか壊れているのかもしれない。
死人が出るほどの不景気の中でも、今どこが儲かっているか?今後どこが儲かりそうか?逆にどこが潰れそうか?そんなことばかり考えてる。
まぁ俺も、武富土が破綻する方に賭けて空売りで大儲けしたんだけどな。
日本のバブル崩壊後の厳しい経済状況の中、創始学会の無償奉仕とM&Sデバイスが社会を下から支えている。そんなところに投資できている俺は間接的に社会の役に立っているのかもしれない。
だが、俺は少し不安だった。
M&Sは業績も未来も明るい。そこは心配していなかった。
だけど株価が上がり過ぎている。あまりにも急激に上昇してしまった。どんな企業も株価が上がり続けることなんてあり得ない。特にこんなに急に上がれば、何か些細な事をきっかけに暴落するかもしれない。
普段から素行の悪い人が行った犯罪よりも、完璧だと思われた人の軽犯罪。社会的制裁を受けるのは後者の方だ。
株も同様だ。未来が明るく、財務と業績もキャッシュフローもCEOも社員も素晴らしい企業の、たった一つの悪材料が期待で膨れ上がった株価を崩壊させる。
だから賢明な投資家ほど、良いニュースが出るたびに株を少しずつ売却していく。
だが、俺はM&Sの株を決して手放すことはしない。短期的に値下がりすることはあっても、数十年という長期で見た時に、これほど人類の発展に必要な企業は無いからだ。
「このまま順調に成長していってくれ」
そう願っていた矢先の出来事だ
「ニュース速報です。アメリカ・カリフォルニア州で大規模な山火事が発生。死者行方不明者合わせて100人を超える模様です」
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