第17話 未来の魔法テクノロジー


1985年

全財産31億4500万円

年間配当金4億4500万円





M&Sの決算説明会までの間、アメリカ旅行を満喫していた。



俺はルーレットをやるため、ラスベガスのカジノに入った。ある手法を試してみたかったからだ。



ルーレットでは、赤と黒どちらか一方にベット(賭け)をして当たったら賭け金が貰えて、外れたら賭け金が没収されるという極めて単純な博打だ。


俺は黒に10ドルを賭けた。


結果は赤。10ドルは没収された。


次に、もう一度黒に20ドルを賭けた。


結果は赤。20ドルは没収された。


次に、今度は赤に40ドルを賭けた。


結果は黒。40ドルは没収された。



1/2を外し続ける俺も凄いが、今やっているのは、「ナンピンマーチンゲール」という手法だ。


負ける毎に賭け金を倍プッシュしていく。するとどこかで勝った時、必ず合計額がプラスになるという計算だ。例えば現在、10ドル、20ドル、40ドルが没収されて、合計70ドルの損だ。


しかし、俺は次に黒に80ドルを賭けた。


結果は黒。賭け金80ドルをゲットした。70ドルの損失から80ドルのプラスだから、合計で10ドルのプラスで終了だ。


1勝3敗で、収支がプラスで終えられる。ギャンブルも節度をわきまえれば悪いもんじゃない。




「お客さん、次はもっと大きく勝てますよ。いくら賭けますか?」


「いや、もう十分だ。一度カジノというものを楽しんでみたかっただけなんだ。」




俺はこの後の結末を知っている。ナンピンマーチンゲールはカジノ必勝法だと思われがちがだが、実際は違う。



凄腕のディーラーなら、どの穴に落とすかを自由自在にコントロール出来る。極端な話、100回やって100回赤に入れる事も可能だ。そうなったら倍倍で膨らむ賭け金は天文学的な数字になってしまう。



カジノにハマったものの末路は、「破産」だ。どんな金持ちも破産する。31億なんて数日で無くなってしまうだろう。俺はまだまだ金持ちには程遠い小物なんだ。



『株式市場の上昇相場で儲ける。株式市場の下落相場でも儲けることができる。しかし欲をかくと、待っているのは死あるのみ。』



俺は今、欲豚になっていないか?いつも自問自答している。








本場のカジノの楽しんだ俺はついに、M&Sの決算説明会に臨んだ。


若い女性のCEOが何を語るのか。ワクワクが止まらなかった。


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1985年7月


売上高  1023億円

営業利益 -415億円


1983年に発売されたM&Sデバイスの売れ行きはまちまちだった。1台20万円という超高額商品であること、M&Sデバイスという商品がいったいどのような物なのか、イマイチ理解されなかったことが売れ行き不調の要因だと考えられた。


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業績発表後、CEOのアレックス・ウッドが登壇した。


俺を含めて、決算説明会には複数の投資家が集まっていた。多額の資金を動かす機関投資家の姿もあった。


誰もがこの会社に期待と興味がある。だが、肝心のCEOの人物像がわからない。それを吟味しに来ているようだった。




アレックスが静かに話し始めた。


「お集まりいただいた皆さん。お手元にM&Sデバイスはありますか?今日、私は話をしに来たのではありません。皆さんに私のヴィジョンを"体験"してもらいます。」





俺はスタジアムでサッカーを観戦している。応援しているチームの選手が4人抜きしてゴールに迫っていく!


息を呑む感覚。


すると、俺の視点が急に選手に移った。


ゴールキーパーの目線がズレ、フェイントをかけてきている!自分も相手の目線を利用して、逆サイドにシュートを決める!


実際には0.5秒にも満たない時間だったが、シュートの瞬間、俺はゴールを確信した。当事者しかわからない感覚だ。


ゴールを確信した俺は誰よりも早くガッツポーズを決め、絶叫している!


遅れて、観客から歓声が上がった。チームのみんなが駆け寄ってくる。


横を見ると、さっきまで一緒に観戦していたサポーターと抱き合っている。サッカーをイマイチよく知らない俺でも、鳥肌が立つ感覚と興奮をみんなで「共有」していた。





場面が変わった。


俺は今、女性に告白しようとしている。


好きだ、、いや本当はそんな陳腐な言葉じゃなくて、本当はもっといろんな、、、、いろんな気持ちがあって、、それを伝えたいけど、、、なんて言ったらいいのか、、、伝わってほしい。言語にできない俺の知識不足、経験不足が歯痒い。時間だけがもどかしく過ぎていく。


すると、何も言葉を発していないにも関わらず、女性の方かこう伝えられた。


「わかったよ。言葉にできないその気持ち。今、あなたと一緒に同じ気持ちになれたから。」


そう言ってもらえた。俺は何も伝えていない。何も言っていないのに。


「だって、気持ちを『共有』すれば良いじゃない?言葉だけが全てじゃないんだよ。言葉では嘘をつけるけど、気持ちは嘘をつけない。」






また、場面が変わった。誰かが語りかけてくる。


「みんな、これは、私アレックスの記憶。一緒に見てほしいの。」



バイオレンス・マジックの会議の場面。横にはCEOのケビン・スタックが険しい表情でアレックスを見つめている。




「誰もが魔法を使える世界にしたいの!」とアレックス。



「そんな絵空事を。バカバカしい。そもそもお前は重大なコンプライアンス違反をしようとしていることを理解しているのか?」



「そんなもの、利権を失いたくない老人のための法律でしょ!みんなが魔法を使えるようになれば世界はより良く進歩するわ!」



「お前は会社の方針を決める役員でもない。ましてや社員ですらない。ただのインターン生だろうが。それにこれは議論する場ではないんだ。お前の学校にも厳重注意と、今後インターンの受け入れを拒否するからな。全部お前のせいだからな!」



「・・・わかった。じゃあ作る。私の会社を作って、この会社を吸収合併するから。」



それからアレックスはバイオレンス・マジック社のマジックサイエンス部門の社員を引き抜き、独自で会社を設立。M&Sデバイスの研究開発を始めたものの、常にM&S社の資金はショートしかけていた。またバイオレンス・マジック社から魔導独占法に違反しているとして訴訟を起こされた。



しかし2年掛かりでM&Sデバイスの試作品を完成させると、アメリカ連邦裁判所はバイオレンス・マジック社の訴えを取り下げるという異例の判決を下した。



そしてバイオレンス・マジック社から分社化した別会社ということにして、魔導独占法に違反しないよう配慮したのだ。ショートしかけていた資金も、吸収合併したバイオレンス・マジック社の資本を受け入れることで解決。



ここに、世界初の軍需産業ではない魔法企業が誕生したのだ。新社長は若干20歳の大学生、アレックスに決まった。




アレックスの記憶が、言語ではなく会場の全員に五感として伝わった。


人類の歴史上、一部の限られた人間のみが使用を許された「魔法」という未知の力。


人類の歴史で、技術革新を起こしながらコツコツと積み上げてきたテクノロジー。


魔法×テクノロジーの無限の可能性を、この時会場にいた全員が感覚的に理解した。







「最初に発売されたM&Sデバイスは単なる翻訳機としてしか受け取られていませんでした。ですが、私のヴィジョンを見た皆さんならわかるはずです。未来は、人類が体験したことがないほどワクワクする世界になっています。」



説明会の最後に、記憶や感覚を共有できる第二世代M&Sデバイスを今年の年末に発売すると発表があった。

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