第14話 円高
1983年時点
全財産22億8500万円
年間配当金1億1000万円
後から知ったのだが、武富土が倒産した原因の一端となった弁護士事務所。名前はなんだったかな?
あぁ、そうだ。思い出した。「ミネラバ法律事務所」だ。
この法律事務所の相談役は武川金持という男。
そう、武富土の創業者だ。
武川は武富土に見切りをつけ引退後、債権回収専門の弁護士黒田と合流。2人でミネラバ法律事務所を立ち上げた。表向きは黒田が代表だが、弁護士印と銀行印は武川が握っていた。
そして東京地検特捜部に情報をリークしたのも武川だった。
業界最大手だった武富土の顧客は93万人にも及ぶ。その93万人の約1/6に相当する15万人がミネラバ法律事務所を介して一斉に過払金請求を行った。
ミネラバ法律事務所は手付金10万円、成功報酬50%という極めて高い手数料を取っていた。その多額の利益の大半は代表者の黒田ではなく、弁護士印と銀行印を持つ武川のものになった。武川にとって代表弁護士の黒田ですら駒に過ぎなかったのだ。
ずば抜けた金稼ぎの才能を持ち合わせながら、目的のためなら手段を選ばない人間がいる。武川はまさしくそういう人間だ。
連鎖倒産、大量解雇、一家心中。阿鼻叫喚の渦に叩き落とされた日本の中で、人々のお金はこういう人間に"移動"した。
やり方は違えど、俺もその1人だった。
俺はこの時、約17億円の現金と、約6億円の創始学会株を保有していた。
これだけでも年間1億円の配当収入があった。
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1983年4月
創始学会の四半期決算
売上高 185億円
営業利益 140億円
新規信者獲得数 前年同期比+135%
通期1株配当を1円→3円に増配
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日本全体が不況の中、創業以来の利益を出したのが創始学会だった。
未曾有の大不況で何かにすがらないと生きていけない人たちが最後に頼るのが"宗教"だった。日本最大の宗教法人となった創始学会は信者の数を一気に増やし、業績を拡大させた。
創始学会の10%の株式を保有する俺はこの年、総会に招かれた。
教祖の池早が厳かに語り始めた。
「世界は悪意に満ちております。あなた達に罪はありません。罪は、あなた達を追い込んだ"お金"です。"お金"があるから不幸になるんです。"お金"を持ってはいけません。"お金"はみんなのために使うのです。"お金"を差し出しましょう。そう、あなたのあなたの幸せのためです。そしてそれが、みんなの幸せなのです。感謝の気持ちを忘れずに。今の命を大切に。神は見ています。あなたの無償の奉仕を。神はお見捨てにはならないでしょう。」
コイツ(=教祖)はこんなことを言って、年間9億円もの配当金を無税で受け取っている。俺はゾッとしたと同時に尊敬してしまった。
実際、家も職も家族も失った人たちに炊き出しでご飯を提供したり、創始学会の施設を無料開放して、多くの命を救っているのは事実だった。形はどうであれ、政府にできないことをこの企業はやっている。
人助けをしてお金を得る。真っ当なビジネスだ。
震える寒さの中、暖かいご飯と雨風を凌げる建物があるだけで、人は幸せを感じてしまうだろう。命を救われたと思うはずだ。命の恩人たる池早先生のためなら、全財産投げ打って、無償で働くことも厭わない。
信者の数はもうすぐ、1000万人に到達しようとしていた。
この年、長い間投資家から見捨てられてきた創始学会の株はようやく上昇し始めた。
俺は17億円という現金の新しい投資先を探していた。来年は創始学会から3億円の配当が来る。そうしたら20億円だ。ここに来て、複利の力を強く認識した。
しかし、探しても探しても今の日本に良い株は無かった。
いや、実際には優良企業だったとしても、いまの投資家心理では日本株が上がる見込みは薄かった。
ここで俺は海外に目を向けた。酷い円高だったからだ。
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円高とは
円の他通貨に対する相対的価値、言い換えると、円1単位で交換できる他通貨の単位数が相対的に多い状態のこと。
例えば1ドル=150円の時から、1ドル=100円になれば円高ということ。
1ドルで買えるお菓子があったとしよう。同じ1ドルでも、150円出さなきゃ買えなかったお菓子が、円高になると100円で買えるようになる。だから、円高の時は外国株も安く買うことができるのだ。
一般的に金利が高い国の貨幣価値が上がりやすい。日本は8.0%という世界で最も高い金利を維持していたため、極めて強い円高となっていた。
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1ドル85円か。
10年前は1ドル198円だったんだよな。あの時は米国株なんて買いたくなかったけど、円高の今なら安い。
次はアメリカの株式を調べよう。
日本にいながら米国株の情報を得るにはプルームバーグとウォーク・ストリート・ジャーナルが良い。
・・・というか、前から疑問だったんだ。
この世界は魔法があるのに、なぜ技術革新が起きていないんだ?なぜ、魔法を販売する企業が無いんだ?絶対に売れるのに。
もう一度、魔法について調べてみるか。
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