第13話 バブル崩壊
1982年時点
全資産20億5000万円
俺は武富土の空売りで得た資金で、創始学会の発行済み株式数の約10%にあたる1億株を購入した。俺は初めて、"大量保有報告書"というものを提出した。
これで創始学会の有価証券報告書に俺の名前が載ってしまう。
武富土の破綻が経済に与える影響は小さかった。しかし、株式市場では異変が起きていた。
モリタや月立が好決算を発表しても株価は下がっていく。他の企業も軒並み株価が下落した。悪い決算を出した企業はもっと下がる。上がる銘柄が全く無くなっていた。
バブルの終焉だ。
投資家の多くは次第に含み損を抱えるようになった。
潔い投資家はここで損切りした。傷が大きくなる前に切るのは賢明な判断だ。
しかし、バブルの噂を聞いて始めた初心者投資家は違った。絶対に儲かると聞いて、借金をして投資していたからだ。
彼らは負けるわけにはいかないのだ。含み損が増えても、損切りをする勇気が出ない。損切りするということは「損が確定する」ということだからだ。
「バイ&ホールド戦略」というのは含み損になっていても決済しなければ損はしないという考えに基づいている。だから含み損でも根気強く持っていればいずれ株価は回復するのだ。
しかし、借金をして株式投資を行なった人間は状況が違う。利息の支払日までにまとまった現金を用意しなければならないからだ。
持っていればいずれ上がるかもしれない株を、損が大きく膨らんでから、借金返済のために売却する。そんな人が大勢いた。
売りが売りを呼び、株価の下落が止まらない。バブルで大きく上昇した分だけ、反動で大きく下落する。
下落した株を見て失望した人が株を売る。そんな絶望の中で株を買いたい人間などいない。だから暴落する。
中にはローンの返済ができず、自己破産した人も大勢出てきた。土地は競売にかけられて、街を歩けば差押の札が貼られている家が何軒も見つかった。
企業も例外ではなかった。現金を保有していない企業から倒産していった。倒産件数は前年比で120倍に増加した。
関連企業も、『売掛金』を回収できず、創業以来の赤字を出す企業が多くなった。
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売掛金とは
売上の対価として将来的に金銭を受け取る権利、売掛債権のこと。ツケや仮取引をイメージすると分かりやすい。
例えば、小売店が商品を卸してもらい、その代金は来月の売上で支払いをしているとする。しかしその小売店が倒産すれば卸業者は商品代金を回収できなくなる。
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回収できなかった卸業者は不渡を出し、連鎖倒産を引き起こす。
当然、それらの破綻した企業に融資していた地方銀行や信用金庫は大打撃を受けた。
「銀行が倒産する」という噂が人々を恐怖のどん底に叩き落とした。
「預金が無くなる!早くお金をおろさないと!」
銀行の窓口には大勢の人が殺到し、銀行はパンク状態になった。
『取付け騒ぎ』である。
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取付け騒ぎとは
特定の金融機関に対する不信・不安が煽られた結果、預金者が払い戻しを求めて金融機関へ殺到し、大混乱を招くこと。 不安の種は根拠の希薄な風評であることが多いとされる。
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そもそも銀行は現金をさほど持っていない。人々の預金を債券や株に換えて「運用」しているからだ。
人々がお金をおろそうとすれば、銀行は債券や株を売って現金を作らなければならない。だが金利の上昇によって債券価格は値下がりし、バブル崩壊で株価も暴落中だ。
銀行は含み損のまま損失を確定して、現金に換える。当然、人々が銀行に預けたお金は返って来ない。
この取付け騒ぎによって、体力の少ない中小地方銀行は連鎖的に破綻した。そして巨大な資本力を持つメガバンクがそれらの銀行を買収し、さらに日銀が人々の預金を全額補填することでなんとかこの騒ぎは解決した。
この年、年間の自殺者は例年の5倍の15万人に達した。
失業者が増え、ボランティアや宗教法人による炊き出しの様子がニュースで流れた。
この世界に来て10年が経とうとしていたが、来た頃はすでに「戦後最大の不況」と呼ばれていた。
だが今は、あの時よりも、遥かに、人々が辛そうに見える。
株式市場の暴落から始まり、その影響は日本経済全体に及んだ。
1983年4月
棚川首相は「財源確保のため、消費税を導入する。」と宣言した。
さらに、吉川日銀総裁は従来の金利を8.0%に引き上げた。
政治は完全に、瀕死の日本の経済を殺しに来ていた。
俺は伸びてしまった長い髪を切るために、いつもの美容室に行った。
その美容室は、跡形もなく無くなっていた。
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