第10話 宗教法人株


1980年時点

全財産9150万円




「野島の投資信託」


「主婦の間で株式投資が流行しています!」


「資産運用していない人は損しますよ。早く始めなきゃ。」



ラジオもテレビも新聞も、株式投資の話題を見かけない日はない。30代で資産が1000万円を超えた人の話や、投資で大儲けした人が都内の団地にこぞって引越ししたという景気の良いニュースが流れている。



街を歩けば消費者金融の看板や張り紙が目立つ。以前あった個人商店が、大手消費者金融の営業所に変わっていた。



おじさんとミニスカートの綺麗な女性が、タクシーから一緒に降りてきた。おじさんは現金で1万円を渡していた。



「なんか嫌な雰囲気だな」


別に僻んでいるわけじゃない。ただ、人々が浮かれ過ぎているように俺には見えた。


将来の給料をあてにして、借金や女遊びを厭わない。まるで将来に何も不安を感じていないかのようだった。



ほんの数年前まで日本経済がどん底だったことを忘れて。




高金利の中でもローンを組んで家や車を買い、借金をして株式投資をする。


借金の利息よりも土地の価格上昇が上回っているし、上場したばかりのどんなビジネスをしているかわからないような企業の株でも買えば上がっていた。


確かに、借金してまでやる価値はあるのかもしれない。





投資家の俺が言っちゃいけないんだろうけど・・・


「それ、リスク高過ぎないか?」



何故、土地の価格は上がり続けることが前提なんだ?


何故、株価は下がらないことが前提なんだ?


そういうで成り立っているのが、今の日本の経済だ。





俺はその足で混雑している東京証券取引所に行き、高配当株である八川中央銀行と石油開発を残し、保有株の約6割に相当する5500万円分を売却した。



そして、その資金で"ある銘柄"を購入した。








~7年前~


「この世界にも四季報ってのはあるんだなぁ!載っている会社は違えど、良い会社がたくさんあるぜ!モリタ、月立、四菱、帝王石油。これらは悪くないな。他には、、、」



「ん?え?『創始学会宗教法人』?」



「宗教法人が上場してるのか?こんなことは元の世界じゃ絶対にありなかったことだ。なになに、売上高11億円に対して、営業利益8億円。な、、、なに!?営業利益率70%超え?!そんな会社が存在するのか!!」



「会社の総資産は420億円で、時価総額82億円。なんて割安なんだ。。」



「この企業は、売上の6割が信者からの"お布施"で成り立っている。ここ最近、信者の数を急激に増やしていて、信者の総数は15年連続で増加!」



「この銘柄、業績が好調で昨年上場したばかりなのか。全然人気が無いようだけど、面白い企業だな。注視していこう。」




保有株の中島屋やモリタが暴騰している時も、俺は創始学会をチェックしていた。



好景気でも売上は伸び続け、脅威の営業利益率70%を常に維持していた。無借金経営の安定した財務体質。しかし、株価は下がり続けていた。



1980年、創始学会の総資産は590億円に達していたが、株価は1株6円、時価総額60億円であった。つまり、PBR0.1倍という極めて割安。だがそれでも買われない、それほど投資家から見放された銘柄というわけだ。



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PBRとは?


企業の純資産に対して、いくらの株価になっているかという水準を測る指標。例えばPBR0.1倍というのは10万円入った財布が1万円で売りに出されているようなイメージだ。


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宗教法人の創始学会はモリタや月立のような華々しい銘柄じゃないかもしれない。自動車を作ったり、家電を作って人々の生活を支え、社会を豊かにする企業ではないと思う。むしろ信者以外の人からすれば、胡散臭い企業という印象しかない。だから人気が無い。



だが安定した収益基盤を持ち、「中毒性」の高い商品を扱う企業はいつの時代も勝ち残ってきた。



タバコ中毒、アルコール中毒が有名だが、これらを販売している会社は常に安定した利益率と盤石の財務体質を兼ね揃えた優良企業だった。



宗教だってそうじゃないか?



不安な人、辛い人、誰かに頼りたい人、支えが欲しい人にを与える。


このビジネスモデルの有効性は紀元前から続く歴史が証明している。ここまで長い期間、存続できたビジネスモデルは他にあるだろうか。



その対価として、信者から「お布施」をいただく。



それに、人件費はかからない。信者は良かれと思って、家族や友人に布教してくれるからだ。



ボロい商売のように思うかもしれないが、この仕組みを作り上げた創業者が凄いのだ。



今こそ、この企業に投資する時だ。あまりにも割安に放置され過ぎている。もしこれより下がってもたかが知れてるだろう。仮に株価が上がらなくても配当利回りが16%もある。最悪、配当だけでも良い。



創始学会のような宗教法人は、利益の90%を株主に還元することで法人税を免除されるという特別優遇税制措置が取られている。だからこれだけ高い配当を出すことができるのだ。



それに、株主構成を眺めると、発行済株式総数の31%を会長であり教祖の池早大助が握っている。以下、創始学会幹部が名を連ねていた。



つまり、彼らは課税される役員報酬は受け取らず、無税の配当金として莫大な現金を得ているのだ。



しかし表向きには、「我々は無給で働いています。だから皆さんも未来の同志のためにお布施してください。」と信者に向けて宣言している。信者の目には、教祖たちは無給で働く聖人のように映るだろう。



"こっちの世界"では宗教法人にも法人税が課せられる。その代わり、配当収入に対しては税金がかからない。元の世界ではあり得ないことだが、この世界ならではの「合法的な節税」と言える。



だから、俺は確信があった。



『絶対に減配しない』



なぜなら配当は創始学会経営陣の大事な収入源だからだ。表向きは無給で働いているが、実際は年間数億円という配当所得がある。




俺も、幹部に混ぜてくれ。



「すみません、ええと、、9981、創始学会の株、800万株購入します」

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