第7話 インフレーション


1975年時点

全財産991万円




1974年の好景気は元々呉服店だった中島屋から始まったため、"振袖景気"と言われた。



1975年、日本の全上場企業の約6割が過去最高益を更新した。様々な株が上がり始めていた。



中島屋と月立は暴騰を続けていたが、相変わらず、モリタと帝王石油は振るわなかった。



しかしこの年、労働組合が企業側に対して賃金を上げるように要求する「春闘」が始まった。


ラジオでは春闘の是非や、大企業ばかり利益を上げることへの批判ばかりが論点になっていたが、俺の見方は違っていた。



『とてつもないが起きる!』



政府が国民に現金を給付する

  ↓

人々が金を消費する

  ↓

お金を得た企業が儲かる

  ↓

その企業で働く人が賃上げを要求し始める

  ↓

人々はさらにお金を消費するようになる

  ↓

企業は商品の値段を上げる

  ↓

現在の給料では足りなくなる

  ↓

賃上げを要求する

  ↓

無限ループ




貨幣経済では誰かの消費は誰かの稼ぎになっている。


つまり誰かがお金を失えば、その裏で誰かがお金を得ている。この状態では単なる「お金の移動」に過ぎない。



しかし、1972年田口首相は約4兆円にも及ぶ財政出動を決めた。


"元々存在しなかったお金"が突如として現れたのだ。これによって市場の現金の価値が減る。これがインフレーションだ。



昔は駄菓子屋に5円持って行けば買い物ができた。だが現在は100円持っていかないと物が買えない。これは長い期間インフレを続けた結果、現金の価値が減り、物の値段が上がったからだ。





今年始まった春闘は、労働者による企業に対する賃上げ要求。まさにこれこそが、インフレの始まる合図だ!


この時、1番やっては行けないことは、「現金を持ち続けること」


価値が減り続ける現金を持っていてはいずれ貧乏になってしまう。



だから、「現金以外の何か」に替える必要がある。



インフレで恩恵を最も受けるのは国内産業。まさに、百貨店の中島屋、電機メーカーの月立、そして国内自動車販売台数首位の「モリタ」だった。




俺は中島屋の保有株の2割を売却し、その資金でモリタ株を追加購入した。このインフレーションの波に乗るために。


ラジオのコメンテーターは人々の消費行動を現金給付による一時的な物だと言っている。


しかし、俺はそう思わない。なぜなら、インフレーションの最大の特徴は、人々の消費意欲にブレーキが効かなくなることだからだ!




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1975年4月

モリタの新商品、「コンパクトカー」が発売された。

従来の自動車の値段は、安くても50万円はくだらなかった。だから自動車を購入できるのは企業あるいは経営者などのごく一部の富裕層に限られていたのだ。


だが、このコンパクトカーは20万円という従来の半額以下の価格だった。


「自動車を1家に1台の時代へ!」

森田一馬社長の思いが詰まっていた。


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1975年8月


上場企業の8割にのぼる762社が賃上げに同意。

平均給料は従来の3.5万円から、5年で10万円に増やすという約束を交わした。「5年で給料が3倍に上がる」というニュースは日本中を駆け巡り、人々の消費意欲はさらに上昇していくこととなった。



この年、居酒屋で初めてとなる24時間営業を始めた「居酒屋・いたみ」では、深夜早朝問わずサラリーマンが呑み語らい、居酒屋からそのまま出勤していくという文化が流行した。


俗に言う「狂乱出勤」である。


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1975年10月

モリタの四半期決算が発表された。


売上高前年同期比69%増

営業利益前年同期比40%増


また、1976年度の見通しも発表された。一年を通して売上高は現在の2倍、営業利益は3倍に到達する見込みである、と。


堅調な景気と賃金の上昇予測から、人々はローンを組んで自動車の購入に走った。今、現金がなくてもこれから給料が増えていくなら、ローンを組んででも自動車が欲しいという人々の消費意欲が売上増加の要因となった。


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この日、モリタ株はストップ高となった。その後も1週間取引が停止され、連日ストップ高という東京証券取引所始まって以来の連騰記録を叩き出すことになった。


俺の310万円分のモリタ株は、この年1500万円になった。

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