第7話 消えた龍属の村
窓から差し込む太陽の光に、リーファはゆっくりと目を覚ました。昨夜あれから一緒の部屋で眠っていたユーシェンの姿はとうになく、リーファも慌てて身支度を整えると一晩借りた部屋をできるだけ元通りにして部屋を出る。
爽やかな朝日に包まれた村は相変わらず
「ユーシェン、どこに行ってたの?」
「村の周囲を見てきた。夜だと見落としてる箇所があるかもしれないからな」
「そう。何かわかった?」
「いや、特には。ただ異変はこの村に限ったものではなさそうだ。悪臭や土壌の穢れは村の外にまで及んでいる。この地を覆う陰の気に引き寄せられた妖魔の姿も確認した。昨夜の生霊も、お守りに込められた思いが陰の気に触れて歪んだんだろうな」
ユーシェンを慕うあまり、姫巫女の存在に嫉妬を膨らませてしまった女性のことを思うと、リーファの胸がまたチクリと痛んだ。昨夜のことが本人に伝わらないとしても、彼女の思いは一番知られたくない形で本人に知られてしまったのだ。
陰の気に助長されたとはいえ、多少の嫉妬や憎悪などリーファにだって覚えはある。姫巫女として守られている自分が言うべきではないとわかっているが、リーファはユーシェンに彼女のことを嫌わないでほしいと思った。
偽善や、姫巫女としての優越感からではない。リーファの思いだって、もしかしたら歪んで生霊化するかもしれないのだから。
「ユーシェン。封印の儀が終わったら、あの村に寄ってお守りのお礼をしようね」
「……そうだな」
リーファがそう言うと、ユーシェンは静かに頷いた。
***
朝食を簡単に済ませたあと、リーファたちは青龍の里を目指して再び馬を走らせた。
青龍の里は
枯れた緑。乾いた大地。饐えたにおい。そんな荒んだ風景は、昨夜の村から南下すればするほどより顕著に表れた。
「この辺りはもう青龍の領域に入っているはずだが……。自然を司る青龍にしては、あまりにも土地に穢れが満ちすぎているな」
「青龍に何かあったのかもしれないってこと?」
「
休憩も少なめに馬を走らせていく。そもそも空気も澱んでいるので、休憩したところでろくに体も休まらない。ならば少しでも早く青龍の里へ行く方がいいだろうと、黙々と移動してきたリーファたちは、昼を少し過ぎた辺りでようやく目的地の村を前方に確認することができた。
昨夜の村と違って、青龍の里の龍属である村には
「あなた方はもしや、龍の姫巫女様と龍の爪牙殿ではありませんか!?」
少女に連れられて走ってきた中年の男は、リーファたちを見るなり開口一番そう訊ねてきた。リーファの父親くらいの年齢だろうか。村長にしては少し若いような気もしたが、その理由は彼本人の口から説明がされた。
「父が病に臥せっており、息子の私が里長代理をしています。黒龍封印の儀をついに始められるのですね。あなた方の到着を青龍の里一同、心待ちにしておりました」
里長が病に臥せっているのは、この地に漂う穢れのせいだろうか。いや、それよりも気になることを里長代理の男は口にしたような気がする。ユーシェンを見ると、彼も不可解な顔をしていたからリーファの聞き間違いではなさそうだ。
「青龍の里と言ったのか? 龍属の村ではなく?」
「りゅう、ぞ……? えぇと、すみません。急な代理で至らない部分が多いもので。この村がどうかされましたか?」
「ここは青龍の里で間違いないのか?」
「はい。それは、そうですね。私の子供の頃からずっとそう呼ばれていますし、父もそう言っていました」
「では、青龍の加護はどこで得られる? この里にあるのか?」
「青龍の加護かどうかはわかりませんが、私どもは姫巫女様たちをあの山にある祠へ案内するよう、代々伝えられております。祠には青龍様が祀られていると言われているので、この村が青龍の里と呼ばれる所以はそれかと……」
ここには隠れ里を支援する龍属の村がない。そう思っていた村が青龍の里で、青龍の里だと思っていた場所には祠があるだけだと言う。
疑問は残るが、祠があるなら行ってみる方が早いだろう。虹龍の里長が言うように、加護を得ることでわかることがあるかもしれないのだから。
「ユーシェン。ひとまず、その祠に行ってみましょう」
「そうだな」
ユーシェンもリーファと同じことを考えていたのだろう。思いのほかユーシェンの返事は早かった。
「年々、黒龍の力が増しているのか、青龍様の力が弱まっています。大地は腐り、水は濁り、空気が澱む。この地は青龍様の祠と近い位置にあるので、まだ何とか作物も育ちますが、きっと他の村はそうもいかないでしょう」
昨夜立ち寄った村に誰もいなかったのは、そういうことだったのかと合点がいく。痩せた作物しか育たないとしても、この里にはまだかろうじて青龍の結界から生じる破魔の力が作用しているのだ。
「お願いします。青龍様の力をよみがえらせてください」
そういった男にあわせて、様子を見守っていた村人たちも一斉に手を組み祈るようにリーファたちを見つめた。
青龍の力を復活させる手段など皆目見当も付かないが、龍の姫巫女として立ち向かわなければならない試練だということは言われなくても理解できる。だからリーファは帽子を取って金色の瞳で皆をまっすぐに見つめたあと、できるだけ声を震わせないように「わかりました」と精一杯厳かに言ってみせた。
青龍の祠は、山から流れてくる川の上流にあるらしい。この里――彼らの言葉を信じるならば青龍の里の人々は、毎日祠の掃除をして供物を捧げていたらしいのだが、近頃は妖魔に襲われる者も出てきたので山に入るのを禁じているという。
里長代理の男はリーファたちを祠まで案内しようとしていたが、妖魔が出るなら尚更二人の方がいいと、ユーシェンは彼の申し出をやんわりと断った。
「さっきのあれ、姫巫女らしかったぞ」
青龍の祠があるという山へ向かう途中、馬を走らせながらユーシェンがぽつりと呟いた。
「だって、私は龍の姫巫女なんだし……。私が不安がってたらいけないんじゃないかって思った……んだけど、身の丈に合わないこと言っちゃったかな」
改めて思うとちょっと演技じみてもいたし、それをユーシェンに見られていたのも恥ずかしい。青龍の祠で自分が何をしたらいいのかもわからないのに、大きなことを言いすぎたかなと後悔していると、ユーシェンがかすかに息を漏らして笑う声が聞こえた。
「いいんじゃないか? あの場で彼らに必要だったのは安心だ。お前の一言で、皆の空気が変わった」
「そ、そうかな。そうだといいけど」
「お前はもっと自信を持て。ちゃんと選ばれて姫巫女になったんだ。その目の色も、誰も何も言わなかっただろう? これからは堂々としていればいい」
馬上でユーシェンの前に座っているから見えるはずもないのだけれど。
朱に染まるリーファの顔を隠してくれる帽子の
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