第3話 龍の姫巫女
再び目を覚ました時、リーファは見知らぬ部屋の中で横になっていた。天井は高く、寝かされている寝具も上等なものだと手触りでわかる。こんな家に住んでいるのは、里では長くらいのものだ。
「目が覚めたか」
声をかけられ、慌てて起きようとした体が、横から伸びてきた手に押し戻される。その手が離れる前にキュッと掴んで、リーファは寝台のそばに立っていたユーシェンを食い入るように見つめた。
「ユーシェン。体、大丈夫なの……!?」
「あぁ……」
「よかった。……ごめんなさい。私がちゃんと避けられてれば……」
「……っ、お前は」
掴んだ手を握り返してきたユーシェンが、どこか痛みを堪えるように苦しげな表情を浮かべている。首の傷が痛むのかと思ったが、リーファの手を掴む力は増すばかりで、逆に痛いくらいだ。
「ユーシェ……」
「目覚めたようだな、リーファ。体の調子はどうだ?」
里長が姿を見せるとユーシェンはいつも通りの表情に戻って、部屋の端へと下がってしまった。代わりに里長がぐっと身を屈めて、リーファの目をじっと見つめてくる。
「なるほど。ユーシェンが言った通り、変化しておるな」
「え?」と聞き返したリーファに、里長が手鏡を渡してくれた。覗き込めば、そこに映る自分の姿が明らかに変わっている。
まず、額に小指の爪ほどの小さな白い鱗が生えていた。これは龍の姫巫女に選ばれたしるしとして現れると、修行の時に聞いた覚えがある。けれど今のリーファは額の鱗の他に、決定的に変化しているところがあった。
瞳の色が金色に変化していたのだ。
「これ……どうして?」
「お主は無事、姫巫女に選ばれたようだ。裏山で妖魔を退けたと、ユーシェンから報告を受けておる。お主の放った光は里からも見えた。元より力は強いと思っていたが、まさか崖の一部を崩壊させるほどとはの」
「あれはその、無我夢中で……正直どうやったのか自分でもわかりません。それにこの目の色……。姫巫女の姿が変わるなんて聞いたことないんですけど」
姫巫女に選ばれたことにも驚いてはいるのだが、それ以上に瞳の色が変化したことの方がリーファに強い衝撃を与えた。見慣れないこともそうだが、皆が黒い目をしている中で、リーファの金色は異質に映る。
「それについては儂らも初めて目にする現象だ。里に残る文献にも記されておらぬ。それに
「洞窟……。そうだ……私、祠に祀られてた珠に触れて……」
七色の緩やかな光のさざなみと、見知らぬ女性の姿が脳裏によみがえった。あの時に懇願された声の強さは、未だリーファの鼓膜にこびり付いている。
「ユーシェンは洞窟内にあふれた光しか見ておらぬ。リーファ、あそこで何があった? お主が触れたという珠は、これのことか?」
里長が取り出して見せたのは、手のひらに乗るくらいの小さな珠だ。リーファが洞窟で見たものとは大きさが違っていたが、珠から感じる不思議な気は同じであると肌で感じる。
「ユーシェンがお前を見つけた時、そばに落ちていたそうだ」
「私が見たのはもう少し大きかったんですけど……」
「龍珠がお主にあわせて小さく変化したのかもしれんな」
「龍珠?」
「龍の力の源とされている珠のことだ。儂も目にするのは初めてだが、この里に祀られていたのなら、これは虹龍の龍珠なのかもしれん」
「それじゃ、あの時に見た女性が虹龍……なのかしら」
彼女がリーファに触れた指先から、何か大きな力が流れ込んできたのを感じた。あれが虹龍による姫巫女の選定だったのだろうか。
確かにその後リーファには姫巫女の証である鱗が現れ、瞳の色も変わった。あの女性は黒龍のことについても語っていたけれど、歪んで伝わっている神話のことといい、わからないことばかりでいまいち気持ちがすっきりとしない。
里長なら何かわかるかもしれないと洞窟で見たことを伝えてみたが、彼もまた難しい顔をして唸るだけだった。
「微妙に食い違う神話のことも、お主の瞳の色が変わったことも、今後里の方で詳しく調べてみることにしよう。だが、リーファ。お主のやるべきことはなにひとつ変わらぬ。体調を万全に整えたのち、黒龍封印の旅に出るのだ」
「でもユーシェンは怪我を……」
「もちろんユーシェンの怪我が治ったあとだ。一週間もあれば大丈夫だろう?」
「三日で十分です」
平然と言ってのけるユーシェンに、里長が呆れたように肩を竦めた。
「ユーシェン。お主は少し自分を省みなさすぎる。確かに姫巫女を守るのがお主の使命ではあるが、お主が倒れてしまえば元も子もない。自分を大事にすることも忘れるな」
里長に優しく諭されれば、ユーシェンも嫌とは言えなかったようだ。リーファも里長に同調して大きく頷いていると、なぜかユーシェンから不満げにじろりと睨まれてしまった。
「とりあえず、この龍珠は……リーファ、お主が持っておれ。洞窟で見たという女性の話が本当なら、これはお主に託されたもの。女性が虹龍である確証はないが、黒龍封印を促してきたのなら、龍珠を持って封印の旅に出ることで何かわかることがあるかもしれん」
そう言うと里長は小さくなった龍珠を、一枚の呪符に包んで両手に包み込んだ。ぽうっと一瞬だけやわらかな光が灯ったかと思うと、龍珠は赤い紐を通した首飾りの形に変化していた。
「大事なものだ。なくさぬようにな」
龍珠の首飾りを里長から直々にかけられる。手のひらに乗るくらいの大きさなのに、リーファにはこの龍珠がとても重いもののように感じられた。
「別室に両親を呼んでおる。動けるのなら今日のところは戻って、家でゆっくり休むといい」
ユーシェンに背を支えられながら別室へ向かうと、リーファの姿を見た母親が泣きそうな顔をして駆け寄ってきた。
「二人とも無事でよかった。妖魔に襲われたと聞いた時には心臓が止まるかと思ったわ。ユーシェンも、リーファを守ってくれてありがとう」
「いえ。……まだ少しふらついているようですが、目覚めた力の反動なので心配はないと里長が」
「本当に姫巫女に選ばれたのね。瞳の色も変わってるわ」
「外はちょっとした騒ぎになってるぞ。妖魔が現れたかと思えば祠が見つかって、おまけに姫巫女まで選ばれたってな」
そう言ってユーシェンの肩を叩いたのはリーファの父だ。彼の視線がどこを見ているのかを悟り、ユーシェンが包帯の巻かれた首をそっと手で覆い隠す。
「これくらい大丈夫です。龍の爪牙として、使命を果たしたまで」
「そうは言ってもな……。ユーシェン、お前は爪牙である前に俺の息子でもあるんだぞ。心配くらいはさせてくれ」
「……すみません」
「無事でよかった」
今度は優しく撫でるように肩を叩かれ、ユーシェンはどこか落ち着かない様子で小さく頷いただけだった。
「そうだ、ユーシェン。今日は家に泊まっていけ。久しぶりに家族みんなで過ごそうじゃないか」
「いえ。俺は……」
「まぁ、そう言うな。子供たちが二人して旅立つんだ。少しくらい親として祝わせてくれ」
「この人、あなたもリーファもいなくなっちゃうから、さみしくてしょうがないのよ。よかったら付き合ってあげて? 私も今夜はユーシェンの好きなもの、たくさん作ってあげるから」
二人にそう言われれば無下に断ることもできなかったのか、しばらく逡巡した後ユーシェンは「お世話になります」と少し他人行儀に挨拶をして頭を下げた。
「ユーシェンの部屋、そのままにしてあるから」
「そうか」
五年ぶりにユーシェンが家に戻ってくる。うれしいような、恥ずかしいような、よくわからない気持ちだ。けれども家族揃って家路につく足取りは自分でも驚くほどに軽やかで、リーファは楽しみにしている気持ちがバレないようにわざとゆっくり歩いてしまった。
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