ワクチン電車
20XX年。人類は未知のウイルスの誕生により決定的な治療法を導入せざるを得なかった。国は公共交通機関となる電車内でワクチンを散布する法令を制定。每日一度、電車内は薄蒻色の粉雪に包まれた。
隆司は気味が悪いながらも毎日のように散布されるワクチンを浴び続けていた。できることならワクチンを避けたい気持ちもあったが、働かないことにはウイルスよりも先に飢えで死んでしまう。守るべき家族もある隆司にはワクチンを浴びない選択肢は与えられていなかった。
しかし、多くの人がワクチンを浴びること拒んだ。
「気持ち悪い」「本当に安全なのか」、不安や疑忌が湧き上がり、人々は働くことを放棄して自己防衛を優先した。
隆司の妻、雪子もまた、そのひとりだ。もともと専業主婦であった雪子は家から一歩も外に出ることはなくなった。「外にでることがなければ感染もしない」そういって雪子は外での用事のすべてを隆司に任せた。
ただ、しばらくして、ワクチンを拒否した人たちが急性の病で死亡する事件が相次いだ。医学界では解明不能であったが、電車でワクチンを浴びることを選んだ人だけは元気であった。
隆司も例にもれず未知のウイルスによる影響を受けずに働き続けていた。その一方で、いつ死ぬともわからない恐怖で雪子は日を追うごとにやつれていった。「今からでも遅くない。雪子もワクチンを受けよう」と隆司が声をかけても、雪子は外に出ることを拒み、やがて隆司と接触することすら過剰に拒否するようになった。
隆司はいくら雪子に拒絶されても懸命に働き続けた。自分が健康であるのは雪子を守るために他ならない。雪子のためなら、雪子のためならと自分に言い聞かせて、隆司は毎日のように働いた。
やがて、電車に乗ってワクチンを浴びた人たちは残らず体質が変化した。
目は明るく白く発光し、筋肉が肥大し、人類を超えた能力を獲得した。
いつしか人だったものたちは理性を失い、かつて人であったものたちを襲い始めた。
かくして、ワクチン漂散電車の生存者は人類を超えた新たな主々となり、地球を手にした。
例にもれず、隆司もまた、かつての人の姿を失った。
愛していた人の存在すら忘れた隆司だったものは、泣き叫ぶような咆哮をあげて荒れ果てた街へと歩き出すのだった。
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