何者でもないあなたへ


かつては英雄になりたいと願ったこともあった。


魔術師になり世界を救って、ちやほやされることを願い目を閉じた日々。


はたまた、女性として生まれ変わり、身も心も弄ばれる人生を歩んでいくことを願ったこともあった。


いつしか時がたち、ついに手に入れた平和な日々は果たして願った通りの未来であっただろうか。子供に囲まれ、仕事に恵まれ、お金に困ることのない人生は、もはや完成されたものではないだろうか。


かつて目指した英雄の夢はどこへ。かつて夢を見た日々は、やがて叶わぬ未来となって自分の心に重くぶら下がっている。自分は何者でもない。何者にもなれなかった無力な自分が徘徊するだけの世界にどれだけの魅力があるだろうか。


いや、自分は何者かになりたかったのだろうか。仮に英雄としてもてはやされるようになったとして、自分が手に入れる未来はどれだけ理想に近づけるのだろうか。


現実を知れば知るほどかつての夢ですら色味を失い、色をなくした夢は、何者にも慣れない現実に対して、何者にもならないことこそが理想とする未来なのではないかと問いかける。


自分が成し遂げたいことはなんだったろうか。いや、成し遂げた先になにを期待しているのだろうか。


家族のため、未来のために命を燃やす日々に価値を感じるなんてセリフが世迷言であると気づいた日から、生きることの意味を考える日々になった。


いっそいますぐに終わらせてしまえばよいのではないだろうか。なんて、文字数のことを考えてまた余計な文章として足してしまう自分が、いかに卑しく情けない生き物であるのか証明させる。


自由に生きることは難しい。自由に生きることなど所詮は定義づけられた生き方でしかない。自分が人間である以上、できることなど限られている。


何者にもなれなかった自分へ、何者にもなろうとしてないこと選ぼうとしている自分へ、生き続ける限り、いまは続いていく。


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