繰り返される終末

 世界は終わろうとしている。


 ずいぶん前のことだが、ニュースキャスターがそう言っていた。巨大な隕石が迫っているという。


 世界の終わりを願ったことがある人は、僕だけではないだろう。仕事のミスを隠そうとしているときや、二日酔いのときにはこのまま世界が終わればいいのにと願ったこともあるはずだ。けれど、いざ終末が目の前に迫ってくると、現実を受け入れることができないものだ。


 はじめの頃、世界は混乱の中にあった。犯罪がはびこり、国々はかつての争いを忘れ、一丸となって隕石に対処しようと奔走した。けれど、隕石は結局止まることがなかった。人類の知恵を結集しても、いよいよ打つ手がなくなった。周りも犯罪に疲れ、静寂が満ちていた。


 世界は落ち着きを取り戻した。このまま世界は終わるだろう。


 と、思っていた。


 終末の当日、僕はタイムリープができるようになった。


 崩壊する街並みや、目の前で焼け落ちる恋人。何度も何度も見てきたけれど、世界は終わらなかった。


 何度崩壊しても、時間は終末の当日に巻き戻されてしまう。


 一体、なぜ僕にタイムリープ能力が与えられたのだろうか。


 僕はただのサラリーマンだ。毎日満員電車に揺られて職場に向かうだけの存在だ。世界を救うための特別な勉強をした覚えもない。


 けれど、僕のタイムリープにはきっと意味があるはずだ。世界を救う鍵がきっとある。と、思っていたのは終末を十回ほど見終えた頃までだった。


 恋人を救うために奔走しても、隕石と衝突するための宇宙船開発をしても、いっそ悪者になって一日でできるかぎりの悪事を働いても、世界は終わることがなかった。


 一体、何をすればいいのだろう。


 今、僕の隣では恋人の瑞希が眠っている。終末の始まりはいつも同じ、瑞希の寝顔から始まる。見飽きた寝顔を殴り付けたのは何度目の終末だろうか。瑞希の記憶にはないだろうけど、あの終末のときは僕のなかでもワーストに入る。


 何度も終末を迎えて、僕は瑞希と一緒にいることを選んだ。いろんな過ごし方をしてきたけれど、結局、大好きな瑞希と一緒にいることが最も幸せだった。


「おはよう」僕の寝癖を直しながら目を開けた瑞希はいつも通りの寝ぼけた声だった。「ご飯食べる?」


 さて、今回の終末では、何を食べようか。僕が何も言わないと瑞希はフレンチトーストを作ってくれる。終末の最期に相応しい豪華な朝食らしいが、僕にとっては食べ飽きた味だ。


「どうしたの?」返事をしない僕に、心配そうな顔で瑞希が尋ねてくれる。


 いつもと違う会話のパターンを見たい僕は、会話の始め方を慎重に選んだ。


「もし」そう、この始め方は知らない。「もし、世界が終わらなかったら、瑞希はどうする」


 瑞希は悲しげな顔になった。「どうして、そんなことを言うの」


 僕は、はっとした。瑞希は時間をかけて今日死ぬことを受け入れた。いまさら希望を抱かせるようなことを言った僕は、ひどいやつだ。


 僕が返事に困っていると、瑞希は続けた。


「たぶん、私はもう、生きていけないかもしれない」


 僕は何も言えなかった。世界が平和になったのは、みんなが生きることを諦めたときだった。


 誰もが安らかな終わりを望んでいる。


 では、繰り返される日常から抜け出すことができない僕はどうすればいいのだろうか。


「どうして?」と瑞希は逆に尋ねた。


「僕も、瑞希と一緒に終わりを迎えたいって思ったから。その、寂しくて」


 瑞希は優しく僕に口づけをした。そして僕たちは互いを慰めあうように愛し合った。僕たちには未来は残されていない。


 瑞希を腕に抱きながら、僕は瑞希と共に終わってくれることを願った。繰り返される日常はもう嫌だ。


「もう、このままふたりで死んでもいい」瑞希は僕の耳元で囁いた。


 そうか。ひとつだけ、試していない方法があった。


 僕はずっと生きるために必死で抗っていた。「でも、もう、十分なんだ」自らの手で終わらせるなんて考えたこともなかった。


 瑞希はぎゅっと僕の手を握った。「ずっと、一緒にいようね」


 僕は瑞希の手を握り返した。「ようやく、一緒になれるね」

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